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第九話 話が違う!

「クリスが絶対に見つけてくるって、それで一人で出ていってしまって不安だったのですが、まさか本当にうちに入ってくれる方がいたなんて! 私感激です!」


 幼さの残る随分と愛らしい少女はそういってアヴァンを出迎えてくれた。

 このボロボロの物置小屋みたいな家屋に相応しくない可憐な少女でもある。


 肩まで掛かる程度のゆるふわの金色の髪は、ふわふわとした綿菓子のようであり、小柄な体躯と白すぎるぐらい白い肌はどことなく儚さのようなものも感じられる。


 着衣は教会の人間が切るような神官衣に近い。これも色は白だが縁取りは青、所々に小さな紋章のようなデザインが施されている。


 丸っこいパッチリとした碧眼も相まってやはりどことなく幼さの感じられる少女である。少なくとも年齢はアヴァンより二つ三つ下にも感じられる。

 

 ただ、仮にも冒険者ギルドにいる以上、規定により冒険者になれる年齢は十四歳以上とされているので、それ以下ということはないとも思われるが――


「え~と、貴方は?」


 とは言え、突然の猛烈の歓迎ぶりにアヴァンは戸惑いそんな質問をしてみせる。


「あ! 私としたことが嬉しくてつい……申し遅れましたが私、ここ【ドラゴンダンス】のギルドマスターをさせて頂いておりますホワイティ・シードともうします。以後お見知りおきを――」

「は!? ギルドマスター! あんたが!?」


 可愛らしくお辞儀をし自己紹介してくるホワイティに、アヴァンは二度驚いて目を白黒させる。


「ちょっと待て! 大体ドラゴンダンスって!」


 そして弾かれたように横に控えていたクリスへ身体を向けるアヴァンである。

 しかし彼女はしれっとした態度で彼を見つめていた。


「何でしょうか?」

「何でしょうかじゃねぇよ! お前、俺にドラゴンランスだって説明してきただろうが! でも外の看板、ともいえないような何かもドラゴンダンスになってるし、どうなってやがるんだ!」

「え? そうなのですかクリス!?」


 あわあわした様子で確認するホワイティ。どうやら彼女はクリスがなにをどうやってアヴァンをここまで連れてきたかを知らないようだ。


「ホワイティ様、それは彼の勘違いです。私は確かに彼にドラゴンダンスと説明しましたから。それをどうやらドラゴンランスと勝手に勘違いしてしまったようですね~」

「ふ、ふざけるな! 大体俺だってドラゴンランスを前提に話をしていただろうが!」

「確かにところどころアヴァンはうちとは関係のないドラゴンランスというギルドについて話されてましたが、私には関係のないことでしたので、肯定も否定もしてませんよ?」

「はい?」


 アヴァンは思わず片目を細めるが、しかし思い返してみると確かにクリスはアヴァンの話すドラゴンランスについてのことには沈黙を保っていた。


「それに今更文句を言われても、こちらにはこの契約書があります」


 クリスが件の契約書を取り出しアヴァンの面前へと突き出した。それに目を丸くさせ、彼は抗議の声をあげる。


「け、契約書、いや! だから契約書には!」

「はい、この通り契約書にはしっかりとドラゴンダンスと書いてありますね」

「は? ちょ! 見せろ!」


 ひったくるように契約書を奪い、中身を確認するアヴァン。だが、確かにどこをどうみてもドラゴンダンスという名称しか書かれていない。


 念のため自分ようにと受け取っておいたもう一部も確認したが内容は同じであり、しっかりとドラゴンダンスへ所属すると明記されていた。


「事前にちゃんと契約書にも目を通しておいて貰ってます。これでも知らなかったと?」


 にこにことした笑みを浮かべながらアヴァンに問うてくるクリス。しかし当然アヴァンは納得がいかない。


「じょ、冗談じゃねぇ! 第一、あの時はお前が俺をせかして碌に契約書を確認する時間もとれなかったんじゃないか!」

「おやおやご冗談を。私は冒険者たるもの情報を収集する力も大事と基本的なことを伝えただけですよ? その上で貴方は契約書を読み、私も納得されましたか? とちゃんと確認したはずです。それなのに文句を言われる覚えはありません」


 ピシャリと言い切るクリスに、むぐぅ、と喉を詰まらすアヴァンである。


「だ、だからってこんなの納得出来るか! 大体あの場所だって、ドラゴンランスのギルド本部で話をしただろう!」

「はい、確かにお話をしたのはドラゴンランスの建物ですね。ですが、あの場所は一般にも開放されている場所です。許可されている場所で契約の話をしたからといって、文句を言われる筋合いではありませんよ」


 むぐぐ、と唸るアヴァン。確かに話を聞いたのはドラゴンランスのギルド内だ。だが、だからといって別のギルドの人間が話をしてはいけないという決まりは確かにない。


 ましてや一般にも開放されているスペースであるなら、勝手に勘違いしたアヴァンにも責任はある。


「おわかりいただけましたか? つまり貴方がどう思おうがこの契約書がある以上、納得していない、知らなかった、そんな世迷い言は許されないのですよ」


 ふふっ、と微笑するクリスを目にし、わなわなと肩を震わせ俯くアヴァン。だが、キッとクリスを睨めつけ彼は言い放つ。


「だったら俺はこの時点で脱退する!」

「えええぇええぇええぇえええ!?」


 ギルドマスターのホワイティが驚きの声を上げた。今さっきギルドに登録してくれると喜んだばかりの人間が、すぐに脱退を表明すればそうもなるだろう。


「文句はないだろ? 俺はあくまでここがドラゴンランスだと思って所属することに決めたんだ。それが全く関係のないドラゴンダンスなんていうわけのわからないギルドだっていうなら俺はここに用はない。今ならまだ委員会にも所属届けが出されていないわけだしな」

「流石にわけのわからないとは聞き捨てならないですね。これでもしっかりギルドとしては活動してるのですよ」

「はあ? 冗談だろ? こんなオンボロギルドで何が出来るってんだ」

「オンボロ……」

 

 酷く悲しい顔でそう呟く少女に、若干の心苦しさも覚えるアヴァンだが、その考えは変わらない。

 クリスはギルドマスターを名乗る彼女の様子を見てから眉をしかめたが、何を言われたところで考えを改めるつもりはなかった。


「そうですか、わかりました。そこまで言われるのであれば、脱退を認めなくもないようなそんな気がしてなるものかといいたいような、認めようか認めまいかそんな気分で決めてみてもいいですよ」

「いや、意味わかんねぇし!」

 

 クリスの答えは中々に難解だ。正直どっちに捉えていいかさっぱりだが、とりあえずアヴァンの気持ちは変わっていない。


「とにかく! 辞めるってことでいいな?」

「そうですか……残念ですが仕方ありませんね。ただし、契約書にあるとおり一度決めた契約を反故にする以上違約金は支払ってもらいます」

「ふぁ!? 違約金!」


 しかし、続けて出てきたクリスの言葉にアヴァンは素っ頓狂な声を上げ口を馬鹿みたいに開け広げた。


「な、なんだよそれ! 聞いてないぞ!」

「そうは言っても、ここにしっかり明記されてます。ほらここ、もしドラゴンダンスへの脱退を望む場合、違約金として六百万ジュエル支払うとしっかり書いてますよね?」

「ろ、六百万ジュエルだとーーーーーー!」


 目玉が飛び出るほどに驚くアヴァンである。何せ通常、平民がこの国で暮らしていく上で必要な稼ぎは三人家族(父、母、子)で月に十五万ジュエルほどとされている。


 冒険者の平均月収に関して言えば月の平均は三十万ジュエル(ただし上のランクの収入も含めてなのでランク別にみるとかなりの隔たりがある)だ。


 つまり六百万ジュエルは一般家庭で四十ヶ月分、冒険者の平均でいっても二十ヶ月分に相当する金額ということだ。これは大金である。


「ふ、ふざけるな! ふざけるな! そんなのあるかこら!」

「ですが、しっかりここに書いてあります」


 そういって指で示した文面には、確かに大きく違約金について触れられていた。小さな字で普通なら気づかない程度というものではない、普通に読んでいれば理解できる範疇だ。


「こ、こんな馬鹿な、俺が、こんな、こんな手に……」

「これでわかりましたか? さて、どうしますか? 六百万ジュエル支払うか? それともうちに所属するか? 選択肢はきっとふたつに一つです」


 クリスが選択を迫る。正直色々あって頭がぐらぐらする思いのアヴァンである。出来ればもう何個か選択肢が欲しいところだ。


 だが、その近くではホワイティがオタオタしていて、あ、あの、とクリスに声をかけようとしているが。


「ホワイティ様、ここは私におまかせを、それに勧誘は私に一任して頂けると、そういうお話でしたよね?」

「そ、それはそうですが……でも、納得、されていないのですよね?」


 ギルドマスターのホワイティが首を傾げながらアヴァンにたずねてくる。それを見て彼は好機とみた。クリスはともかく彼女であればちゃんと説明すれば判ってくれるかもしれないと――


『アヴァン、判ってますか? もしここでゴネでもしたら、他のギルドでもいい笑いものになりますよ? アカデミーを首席で卒業した期待の新星が、契約書も碌に見ずにサインしてトラブルに巻き込まれるなんて――』


 しかし、耳元で囁かれたクリスの言葉にアヴァンはその目を見開く。そんな彼に追い打ちをかけるようにクリスが言った。


「それに、きっと悪いことばかりではありませんよ。もし、頑張ってくれたら、私の大事なものを――」

 

 そういって意味深に微笑むクリスである。飴と鞭だ、これは中々の飴と鞭である。密かに胸元を強調して見せるのもあざとい。

 

 だが考える、クリスの大切なものはともかく、そうそれは本当にともかく。このアヴァンが、アカデミーで華麗な成績を残したこの俺が、こんなことで醜態を晒すなんて、そんなことが許されるのか、と――それならば……。


「……わ、判った。このドラゴンダンスに、所属してやるよ」

「え! 本当ですか!」

「流石です、いさぎ良いですね」


 ホワイティの瞳に輝きが戻った。単純な子だなとアヴァンはため息を吐くが、そんなアヴァンにクリスも微笑みながら期待してますよと続けた。


 その姿に、なんとなく大切な物というキーワードが頭に染み付くアヴァンでもあるが。

 

 何はともあれアヴァンは、当初の予定とは大きく異なるものの、冒険者としての第一歩を踏み出したのだった――

と、いうわけでいよいよギルド(本命と違うけど)所属となったアヴァンです!



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