7
それでも精霊は気前が良く、戦闘に立って道案内をしてくれる。さすがに千里眼は必要なさそうだし、シャットアウト。貴婦人の案内に沿って歩いていく。
――彼女の話にあった軍隊の姿は、わずか数分の距離で現れた。
俺達から見ると崖の下。森への侵入を遮る壁の向こうに、兵士達が集まっている場所がある。
全員、先ほど撤退した連中と同じ鎧を着ていた。雰囲気もどこか慌ただしい。きっと戻ってきた彼らが、精霊に襲撃されたことを報告したんだろう。
何やら攻撃の準備も整えているご様子。のんびりしてる場合じゃなさそうだ。
俺は百腕巨神を展開し、眼下の敵軍を睨みつける。
「ほ、本当にするの?」
「時間停滞もあるし、難しくはないと思う。あとは敵の視界を塞いでくれれば完璧かな。――というわけで精霊さん、お願いしていいですか?」
自信の籠った笑みを浮かべ、彼女は両手を空にかざした。
直後、唐突に彼らの宿営地を霧が覆い始める。口々に出る戸惑い。濃度は徐々に増していき、あっという間に中の様子は分からなくなった。
「それじゃあ行ってくる。五分もしないうちに戻ってくるよ」
「み、見つからないようにね?」
ご心配なく。
周囲と自分の時間が切り離されたのを確認して、俺は霧の中へと突撃する。
視界を断たれているのはこちらも同じだが、そこは千里眼が補強した。巨神の一撃で、加減もせずに鎧を砕いていく。
辺りに満ちていくのは汚い悲鳴ばかり。手加減していない所為で、本当に圧倒的だ。
「まったく――」
相手が神子ではなく普通の人間ということもあり、ここはさすがに手加減せざるを得ない。死人が出ればそれこそ取り返しがつかなくなる。
「……」
千里眼で確認できる気配がすべて倒れたところで、俺は踵を返すことにした。
跳躍一つで崖の上にまで戻ると、心配そうな顔のヘルミオネが目に入る。精霊の方は成果に感じ入っているようで、握り拳を作っていた。
「だ、大丈夫?」
「うん、無事終わったよ。顔は見られてないし、向こうが詭弁を使わなければ大丈夫だと思う」
「もしそうなったら、アテナ様に割り込んでもらいましょう。神に誓って真実だと言えるかどうか、試せば本音を漏らすかもしれないし」
「じゃあこれで、湖が枯れた問題の一つは解決か。……でも森の伐採が原因じゃ、直ぐには元に戻らないね」
「そうね。仕方ないから、学園と神殿騎士団には事情を話して――」
と、湿った感触が肩を叩く。精霊だ。
彼女は教師のように人差し指を立てて、淡々と口を動かしている。
「……なんて言ってるの?」
「敵がいなくなったから、お礼として必要な分は用意しておくって。ただ明日の朝まで待ってくれと」
「ほ、本当? でも無理させてるようなら、こっちから断った方が――」
「お礼って言ってるんだから、気にする必要ないんじゃない? ……謙遜するのは結構だけど、それで相手の気持ちを否定するのはどうかな?」
「……そうね。お言葉に甘えるとしましょうか」
精霊はもう一度ガッツポーズ。あとは形を消して、地面の中に溶け込んでいく。
一方、ラダイモンの方に動きはない。発生した霧もまだ消えておらず、それぞれの混乱している気配が伝わってくる。
「……人、呼んだ方がいいかな?」
「んなことしたら、アタシ達が襲ったってバレかねないでしょ。敵には違いないんだし、自分たちで解決してくれることを祈りましょう」
「敵に祈る必要はないと思うけどね」
「こ、言葉の綾よっ!」
また馬鹿にされたのが気に食わなかったようで、ヘルミオネは大股でその場を去っていく。
さて、俺も行くとしよう。ここで待機していても、聖水が早く出来上がるわけじゃない。神殿に戻って、一日の疲れを取るとしよう。
「ああちょっと、アンタ達」
入れ違うように現れた、先ほどの老婆。
彼女は満面の笑みを浮かべて、俺達に一つの提案を出してきた。
「連中を追い払ってくれたんだろ? ありがとうねえ。お礼に今日は、泊まっていきなよ」




