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ラダイモンの兵士達は森を奥へと進んでいった。奇しくも、方向は例の湖がある場所。追跡者の存在にはまるで気付かないまま、ちょっとした案内役になってくれる。
「ね、ねえ、ちょっと!」
追いかけてくるヘルミオネは、空気を読んで小声だった。
俺は彼女の前に人差し指を立てて、静かにするよう指示を出す。……流れは順調なのだ。下手なミスを仕出かしたら、ここまでの幸運がパーになる。
そうして見えてくる、枯れた湖。
二名の敵は立ち止まって、正面の光景を仲良く嘲笑する。
「ははっ、いい気味だぜ。ウチにいつまでも頭下げねえからこうなるんだ」
「あの無銘級はムカつくが、オンファロスの顔に泥を塗れるのは最高だよなあ。これで俺達も一躍有名ってか!?」
人並みの野心はあるらしく、ラダイモン兵はまだ声を揃えている。
聞き手に徹しているヘルミオネは、憤懣やる方ないと敵を睨んでいた。――彼女にも千里眼があれば、もう少し笑っていられるだろうに。
「どうぞー」
タイミングを合わせて、小声で言ってみる。
直後だった。
「っ!? な、なんだ!?」
「湖から聖水が……!?」
柱のように上る、大量の水。
彼らの困惑を余所に、水はその形を変えていく。今朝撃破したばかりの、ドラゴンと同じ形へと。
「ひっ……」
「み、湖の守り神か!?」
ラダイモンの兵士は抵抗することを選ばない。最初から敵わないと見ているようで、一目散に撤退する。
水のドラゴンは彼らを見送って、あっさりその姿を消した。湖も当初と同じく枯れたまま。傍から見る分には、夢や幻覚でも見せられた気分である。
「……ユキテル君が言ってたの、これ?」
「そ。微かにだけど、何か分からない気配があってさ。精霊さんだったら助けてくれるんじゃないかな、と思って」
「だからさっき、精霊かもしれない、言っていったわけね。……賭けに勝った気分はどう?」
「最高だね。幽霊だと思って怖がってたヘルミオネのこと、これでまたからかえそうだ」
「最悪よ!」
「えー」
痴話喧嘩をしながら、水のドラゴンがいた場所へと顔を出す。
噴水はもう一度起こった。さすがにドラゴンは出てこないけど、今度は水で作られた貴婦人が登場する。恐らく、これが精霊なんだろう。
彼女は口を動かしているが、いまいち聞き取れない。発声器官を持っていないんだろうか?
ただ表情は必死で、何かを訴えようとしているのが分かる。
「……とりあえず、千里眼使ってみようかな」
「絶対分からない気がするんだけど」
「まあものは試しってことで」
切実な表情の貴婦人に、俺は意識を集中させた。
「――えっと、ラダイモンの軍隊が森を伐採しているため、精霊の力が弱まっています。彼らを追い払ってください――だってさ」
「わ、分かったの!?」
「分かったみたい。あ、ラダイモン軍が駐屯しているのは、ここから西に向かった場所だって。さっきの兵士達が逃げていったのと同じ方向だね」
「……どうする? 倒す?」
「当然」
アレぐらいの兵士なら、一方的に蹂躙できるだろう。もしかしたら神子だっているかもしれない。……無銘級では、拍子抜けもいいところだが。
いたとしても、オレステスぐらいは欲しいところだ。彼の泣き顔が見れるなら、ちょっとは暴れる価値があるかもしれない。
「ちょ、ちょっと待って! 向こうと問題起こしたらまずいって言ったでしょ?」
「じゃあ顔を隠そう。あるいは精霊さんに頼んで、霧を起こして貰うとかさ。――できますか?」
『――』
横目を向けると、貴婦人の彼女はコクリと頷いた。
しかし意外な出来事だったらしく、ヘルミオネはただ驚いている。
「凄いカリスマ性ね……精霊って、人間に対して警戒心が強いって聞いたんだけど」
「きっとゼウス様の加護があるからだよ。ヘルミオネにも優しくしてくれるんじゃない?」
「……駄目、睨まれたわ」




