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「お待たせ。何か見つかった?」
「新しいものは一つも。湖の方向は分かったから、とりあえず行ってみよう」
「ええ。精霊が消えてしまった原因、早く突き止めないとね」
ヘルミオネは勇ましく歩きだして――すぐに止めてしまった。例の幽霊らしき存在が、本人の中に残っているんだろう。
こちらが並ぶのを待って、彼女はようやく一歩を踏む。
「……幽霊っぽい何かの正体、精霊さんだったりしないのかな」
「でもお婆さん、消えちゃった、って言ってたじゃない。幽霊に決まってるわ……」
「姿を見なくなっただけなんでしょ? 警戒して姿を現さないだけかもしれないよ?」
「警戒って、何に対して?」
それが分かれば苦労はしない。
小さく肩を竦めて、千里眼の維持に努める。加護の発動時に消費するエーテルは、時間停滞に比べると少なめだ。長期の発動に当たって問題はない。
ある程度の集中力は必要になるようだが、それぐらいは甘んじて受けよう。
「――ヘルミオネ、止まろう」
「ま、まさか幽霊が……!」
「いい加減それは忘れようよ……人がいるんだからさ」
「人?」
幸い、こちらには気付いていない。二人一組で、親しげに会話しながら歩いている。
距離はほんの数メートルしか離れていない。気付くのが遅れて面目ない一方、どこかに隠れなければ目を合わせることになる。
ヘルミオネに手招きして、近くにあった巨木の裏へと身を潜めた。
「か、隠れる必要あるの? お婆さんの話からするに、神殿騎士って可能性も――」
「……いや、それは無いんじゃないかな」
現に、現れたのは別の姿だし。
重厚な鎧を着た兵士だった。緩みきった表情には緊張感の欠片もなく、重要な任務の最中というわけでもないらしい。本人達が納得できないまま、無理に飛ばされた感じでさえある。
「ったく、こんな辺鄙な土地で仕事とはねえ」
鎧を装着した兵士の一人が、不満を込めて喋り出した。
応じるもう片方は、彼の意見に同意している。顔付きはもちろん、一人目と同じく力が籠っていない。
「まあ楽でいいじゃないか。湖に湧いている聖水を枯らすだけなんだぞ? これでオンファロスの権威も削ぎ落とせるだろうし、情勢にも変化が生じるさ」
「けどなあ……あんなガキの指示に従わなきゃなんねえのは、どうにも虫が好かんぜ。神子だからって調子に乗ってるんじゃねえのか?」
「乗ってるだろうな。コンプレックスの塊と称される無銘級だぞ? 俺達一般人へは、ここぞとばかりにデカイ顔してくるさ」
「ちっ、これだから無銘級は嫌なんだよ。せめて英雄級が上官だったらなあ……」
などと。誰に言っているのか分かりやすい文句を主張しながら、兵士たちは去っていく。
……所属を示す証拠は見つけらなかったが、会話の中で暴露されたもも同然。湖を枯らした張本人も分かったし、あとはその原因や仕組みを調べなければ。
「ど、どう? 何か分かった?」
「今の人達、ラダイモンの兵士だと思う。彼らが槍玉に上げてた神子、確証は持てないけど心当たりがあるし」
「昼間の交渉で会ったってこと? ――しっかし、難しい相手が来たもんね。ラダイモンと正面衝突したりすれば、問題があっという間に大きくなるわよ。オンファロスの中立性も揺さぶられる」
「戦って勝っても駄目、ってこと?」
「それが一番まずいわね。向こう、オンファロスに喧嘩売りたがってるから。正当防衛ならともかく、こっちから手を出すのは危険よ。向こうに大義名分を与えちゃうから」
「――じゃあ、自滅とかなら問題ないわけだ」
「かもしれないけど……あるの? そんな方法」
「多少は」
善は急げ。納得していないヘルミオネを放置して、俺は彼らの後を追い掛ける。




