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「う、嘘でしょ? 呼ばれたから出てきたってわけ……?」
「まだ決まったわけじゃないじゃないか。精霊の可能性だってあるでしょ」
「こ、こんな薄気味悪い森に精霊がいると思う? 絶対幽霊よ……そ、遭難して餓死した人かも……」
自分で言って余計に怖くなったのか、またヘルミオネは悲鳴を漏らした。
千里眼で周囲の様子を探ってみるが、生き物の気配は感じない。視界に映っている光景と同じく、木の海が広がっているだけだ。
「とにかく先に進もう。例の水を取ってこないと仕事が終わらないでしょ」
「うう、絶対に離れないでよ……化けて出てやるから」
「でも同族になったら、幽霊を怖がらなくて済むかもよ?」
「っ」
さすがに冗談が過ぎたようで、思いっきり手の甲を抓まれた。
いつの間にかすっかり逆転した立場で、俺達は森を進んでいく。……不可視の対象へ嫌悪感はないので、足取りは実に軽やかだ。薄暗いと言っても、外から日差しは確認できるし。
もちろんヘルミオネには、同じ行動を要求できない。こちらの一歩進んでも、彼女はその半分ぐらいしか進んでいなかった。ついでに腰も引けている。
「情けないなあ。視界に入ったらぶっ飛ばすぐらいのつもりでいようよ」
「さ、さっきまでビビってたアンタに言われたくないわよ! はあ、せめて小屋でもあれば……」
「あるよ?」
えっ、と顔を上げる少女に、発見したばかりの成果を指差す。
紛れもなく人が住んでいそうな小屋だった。というか、玄関先に一人の老婆が佇んでいる。当然、身体の透けていない生きてる人間だ。
よっぽど恐ろしかったのか、ヘルミオネは俺を差し置いて駈け出していく。
こちらに気付いた老婆は驚いている様子だった。まるでここ数年、他人とは出会わなかったとでも言いたげに。
「おやおや、若い人が来るなんて珍しい。道にでも迷ったのかい?」
「いえ、アタシ達、きちんと目的があって来たんです。森の奥にある湖から、聖水を頂こうと思って」
「聖水を? ああ、だったら諦めた方がいいよ。最近、この辺りから精霊様がいなくなってしまってねえ。湖も枯れてしまったんだ」
「か、枯れた? 去年は大丈夫でしたよ?」
「ああ、この時期はね。でも冬ごろだったかね……湖が突然干上がっちまったんだ。神殿の騎士様達にも調べてもらったんだけど、原因は分からず仕舞いでねえ」
自分の責任でもないだろうに、老婆は心から申し訳なさそうな顔を浮かべた。
しかし当然、俺達も素直に帰ることは出来ない。オンファロスの近郊だと、聖水はこの森でしか取れないと聞いている。わざわざ戻って別の土地に向かうのは、間違いなく面倒だ。
来年だってあるかもしれないんだし、ここは――
「お婆さん、原因に心当たりとはありませんか?」
「そうだねえ……やっぱり、森から精霊様が消えちまったのが原因じゃないかね? 精霊様が運んでくれる神々の力で、聖水が湧いてるって話だしねえ」
「じゃあその原因を解決すればいいわけね。アタシ達に任せて、お婆さん」
「おやおや、威勢のいいお嬢さんだこと。――でも分かった、アンタ達に任せるよ。ひとまず湖まで案内しようか?」
「……どうする? ヘルミオネ」
「道ならアタシが分かってるから大丈夫。ユキテル君の千里眼もあるし、迷う心配はないでしょ」
ヘルミオネは腰を上げると、老婆の手を取って小屋へと誘導した。皺の数は少ないし目には生気があるお年寄りだが、予想に反して身体は衰えていたらしい。
最後まできちんと面倒を見る気らしく、彼女はなかなか出てこなかった。
「……」
先ほどの声は何だったのか――もう一度、千里眼を発動させる。
感知できる結果はやはり同じだった。意識を集中させて範囲を広げても、新しい発見は川のせせらぎぐらい。あと、これから目指す湖らしき場所も分かる。
もしやと思って魔獣の気配を探ってみるが、発見には及ばなかった。




