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一日の学園生活が終われば、生達は残りの時間を好き勝手に過ごしていく。
それは地球の光景とも同じだ。友人と出かける者、部活動に励む者――といってもアリストテレス学園において、部活動とはギルドの活動を示す。普通のスポーツや文化活動に打ち込む者はまずいない。
それに学園は、数日後にテストを控えている。ギルドの活動を自粛する生徒は多い。テストを最初から捨てている、あるいは余裕がある者以外、学生寮や自宅に帰るのが大勢だ。
しかし、
「歴史を調べたいって……また突然ね。テスト範囲に関すること?」
「いや、個人な趣味で調べたい。オンファロスに来て日が浅いから、町のことをもっと知ろうと思ってさ」
このように。試練の日が近いにも関わらず、無頓着な人間もいる。
すっかり体調が回復したらしいヘルミオネは、理解できないとばかりに肩を竦めた。生徒会室にて、お互いに教科書とノートを広げながらの会話である。
「そういう気持ちは大切でしょうけど……日を改めたら? 補修、受けたくないんでしょ?」
「受けたくないけど、自分の好奇心を閉じ込めておくのも嫌だよ。だからさ、お願いできないかな?」
「アタシだって念のため勉強はしたいし、今日は勘弁よ。そこまで成績がいいわけじゃないし」
「あれ、そうなの?」
「もともと座学はねえ。シビュラは得意みたいだけど――」
ふと、シビュラが使っている座席に目を向ける。
持ち主は用事で出ているため、荷物が置かれているだけの空席だった。
「あの子も張り切ってるわねえ。対面式の前に自分の加護を使えるようにする、だなんて」
「あと二日で、ってこと? 無理なんじゃ……」
「本人の努力次第でどうにかなるんじゃない? 勉強も疎かにしない方がいいと思うんだけどね」
喋りながら、ヘルミオネは教科書とノートを閉じていく。お、これはもしかして交渉成立か?
勝利の予感を表に出さないようにしつつ、俺は雑談を続けていく。
「……何気に大変だよね。式とテストが同時進行だなんてさ」
「でもテストは休み期間中、ボケてないかどうかの確認よ? 正解して当然ではあるんだから、文句言うのはおかしくない?」
「休みの間ぐらい勉強から解放させようよ……先生達だって大変じゃないの?」
「それはご心配なく。対面式は一応、神殿騎士団が担当してるから。まあアタシたち生徒会も手伝わなきゃいけないんだけどね」
「なるほど。――うん?」
ちょっと待て、手伝いだなんて聞いてない。
しかもヘルミオネは、鞄の中からジャージを取り出している。こちらの方をジッと見つめているところも、最悪の予想を確定させるのに十分だった。
「――まさか、今から?」
「当たり前でしょ、あと二日よ? ……昨日シビュラから聞いたわよ、ね?」
「いんや」
夜は色々あったので、対面式に関する話なんて一つもしていない。
帰ったらお仕置きが必要みたいだ。くそ、オンファロスの歴史を調べに行けるって、期待で胸を膨らませていたのに。
「ほ、ほら、分かったら早く廊下に出なさいよ。着替えられないでしょ」
「じゃあ大人しく外で待機してるよ。……ちなみに、その、見たいって希望した場合はどうなりますか?」
「原型が分からないぐらいにぶん殴ってやるわ」
蛮勇を発揮することもなく、生徒会室の外へ急ぐ。
扉を閉めてしばらくすると、衣擦れの音が微かに聞こえてきた。思春期少年の妄想を刺激するには十分で、徐々に魔が差してくる。
そうだ、千里眼を使ったらどうだろう? 直接見るわけじゃないから、彼女にも気付かれない。渦巻く不満も解消できるし、一石二鳥じゃないか。
ならば有言実行。加護を発動させ、意識を生徒会の中に向けていく。
「お待たせ」
「な――!?」
驚愕のスピードだった。
とはいえ本人は普通に着替えてきたつもりのようで、キョトンした目で俺を見ている。……負けた、完全敗北だ。




