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「どうぞー」
「失礼する」
聞こえたのは太い、落ち着いた抑揚。
千里眼で察知した通り、入ってくるのは二名の男性だ。かたや二メートルはありそうな長身と、肩幅の広い筋肉質な男。もう一つは平均的な身長の、目付きが悪い男。
学園の制服を着ているし、もちろんどちらも少年だ。が、長身の彼については、学生らしい雰囲気など皆無である。頬に切り傷があってヤクザの親玉じゃないかと思うほど。
「君が新会長のユキテルか? 俺はギルド・レオニダスの支部長をやっている、マルスだ。こっちはオレステス」
「……」
背が低い方――オレステスと言うらしい少年は、無言の挨拶を送ってきた。
そんな彼の態度を、巨体のアイネアスは苛立たしそうに眺めている。もしかすると見た目通り、豪快な人物なのかもしれない。陰鬱な雰囲気を隠さないオレステスとは正反対だ。
シビュラが向かい側の椅子を退くと、うちの一人は大人しく座ってくれる。が、片方は疑いの目で、こちらと椅子を交互に見ていた。
「さっさと座らんかオレステス。今回、俺達は話し合いをしに来たのだぞ。最初から相手を信用せずしてどうする」
「ですが支部長……シード権の譲渡ですよ? まともな交渉になるとは……」
「ええい、相手を信用しろと言ったろう! 座れ!」
立ったままのオレステスを、マルスは強引に引き込んだ。
支部長の方はすぐに謝意を示してくるが、その部下はなかなか動かない。物言いたげな目を向けるだけだ。
それに気付いたマルスは、諦観する意味も込めて姿勢を正す。
「――そちらの副会長から聞いたが、シード権を譲ってほしいそうだな? あれは昨年、優秀な成績を収めた学生ギルドの与えられるもの。……知った上での要求だな?」
「ええ。俺の方としては、きちんと等価交換にしようと考えてます」
「それは有り難い。ついでに理由を聞いてもいいか?」
「面倒なんですよ」
「――は?」
厳めしい顔付きだったマルスは、こちらの返答を聞いた途端に形を崩す。素直に答えたつもりが、逆に意表を突いてしまったらしい。
……ギルド同士の戦闘を否定するのは、無礼だったりするんだろうか? もちろん誤魔化す気はないので、そのまま本音を語っていく。
「神級の神子だと、相手に想像以上のダメージを負わせてしまうそうなんで。加減するのも嫌ですし、序盤戦を飛ばせればなー、と」
「ほ、ほう。蹂躙することに娯楽は見いだせぬと?」
「憎んでもいない相手ですからね、一方的に叩きのめすのは気が引けます。恨みを買ったりするのも嫌ですし」
「……確かに、序盤戦は無銘級の神子が多い。会長のような立場なら、避けた方が利益はあるだろうな」
「あ、そうなんですか」
単純に面倒事を避けたかったんだが、なるほど、そういうのがいた。
ふとオレステスに視線を向けると、細い目付きが余計に鋭くなっている。自分は無銘級です、と告白しているようなものだ。
追加で怒りも感じていたんだろう。大人しかったこれまでとは正反対に、テーブルを叩きつけて立ち上がる。
「まるで僕ら無銘級が、はた迷惑な存在みたいですね。訂正してください」
「へ? なんで?」
「――」
刹那でオレステスは口を閉ざした。
でも仕方ないじゃないか。俺には無銘級の知り合いなんていない。否定するべきか肯定するべきか、判断材料は何一つ持っていない。
第一、迷惑なのは無駄な因縁をつけてくる人物であって。無銘級と特定する予定は今のところない。
まあこのままだと、一人は特定することになりそうだが。




