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「ユキテル様っ! 起きてください、ユキテル様っ!」
「う、んん……?」
「もうじきギルドの方々がやってきますよ? さすがに寝た状態は第一印象が最悪だと思うんですが……」
「だね……」
肩を揺さぶるシビュラに、大欠伸をしながら言葉を返す。
急いで昼食を済ませた午後。多くの生徒が教室や食堂、中庭で食事を取っているため、やはり生徒会周辺は静かなものだ。生徒達の活気は窓越しからしか聞こえてこない。
グッと背筋を伸ばしつつ、俺とシビュラは来客の登場を待ち続ける。
「確認するけど、向こうはなんてギルドだって?」
「学生ギルド・レオニダスですね。後ろ盾になってるのは、ラダイモンという南西にある大国です。脳みそまで筋肉で出来てるって噂ですよ」
「……げ、言語は通じるよね? 大丈夫だよね?」
「相手は人間ですし、ギルドの構成員はオンファロス育ちですから平気ですよ。――多分」
不安を煽るようなことは言わないでほしい。
でも何だってそんな危険な相手を選んだだろう? 話し合いの席を設けた責任者に、一言尋ねたくなってくる。もっと穏便に済みそうなギルドは無かったのか、と。
まあシード権を譲ってもらうなんて、どこが相手だろうと簡単には済まないだろうが。
「作戦を練らないといけませんね。――ここはやはり、向こうの部長さんとユキテル様が決闘するのは如何でしょう? 正式なルールの下で行うなら、レオニダスの人も異論はない筈です!」
「死人が出ても大丈夫?」
「駄目です!」
じゃあやっぱり交渉だ。
微かに聞こえる針の音を聞きながら、じっと敵の登場を待ち続ける。シビュラは定期的に代案を出してくれるが、徐々に過激な方向へと転がっていった。しまいには暗殺まで口にしてくる。
提案のすべてを否定した頃には、彼女も怒りを隠せなかった。
「じゃあ何だったらいいんですかっ!? ユキテル様は神級なんですから、どうやっても多少の汚点は出ます! 腹を括ってください!」
「それを回避するのが当初の目的だよ? 出来るだけ穏便に済まそう」
「でも――」
「ほら、穏便に済ませたら知名度は上がるかもよ? 力尽くでやったってつまんないじゃないか」
「あれ? じゃあ面白かったら、学園をふっ飛ばしてでも保護者を人質にとってでも、構成員を全滅させても部長を洗脳してもいいんですか?」
「……」
かもしれない。
いや駄目だろ。シビュラが上げた手段では、いずれも最大級に目立ってしまう。しかも基本的に人権を損なうものばかり。……鬼か悪魔か? この美少女。
「ユキテル様、どうなんですか? 面白かったら、どんな残虐非道もこなすんですか? この前、父を叩きのめした時みたいに」
「か、返しにくい質問だねえ!? ……でもあの人の場合、紛れもなく敵だったから。つまんないとか面白いとか、そんなの関係なしに戦ったよ。ああ、叩きのめすのが楽しかったのかな?」
救われようが断罪されようが、関係ないと言った。
逆説的に、彼がどうあろうと攻撃の対象には含まれる。こっちの決定はこっちの決定――一度ぶちのめすと決めた以上は、筋を通して断罪する。
敵への同情なんて、それこそ退屈だ。
「なるほどー。つまり今回の作戦は、向こうを挑発してユキテル様に敵視していただくことですね?」
「滅茶苦茶だ……」
まあそうなったら、手っ取り早く終わるのは間違いない。
シビュラの作戦が失敗に終わることを祈りつつ、千里眼を発動させて周囲を探る。と、生徒会室に向かってくる気配が二つ。いずれも男性で、キビキビとした足取りで近付いてくる。
直後に聞こえる、定型的なノック。
交渉開始、というわけだ。




