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「うっ」
途端、彼女は鈍い悲鳴を吐き出していた。
胡乱だった目は徐々に正気を取り戻していき、残念な結果を作り出す。
「え、ええええ!? な、何!? アタシ何やってんの!?」
「へ、ヘルミオネ、音量下げて。いま授業中だし、何だか誤解されそうだよ」
「た、確かにそうね。副会長と会長なんだし、評判が下がるような真似は避けないと。……やっぱりユキテル君、真面目なのね」
「面倒くさい展開を避けるために、装ってるようなもんだけどね」
言っている最中、彼女は一人で深呼吸をしていた。女性らしい胸が上下して、いつも通りに視線が動く。気付かれないことを祈るばかりだ。
悲鳴は授業に影響を及ぼさなかったのか、誰かが医務室に来る気配はない。
もう少し二人きりの時間を得ることになったわけだ。……アプロディテの効果は切れてしまったようだから、美味しい出来事を期待するのは難しいけど。
多分もう一つの、鉛の矢を打ち込んだのだろう。こちらを嫌悪するような素振りが無い辺り、差し引きゼロになったと考えられる。
「御免なさい、理由も分からず倒れるなんて。疲労が溜まってるのかしらね?」
「今はどうなの?」
「少しだけど、まだ頭の中がスッキリしないわね。な、なんだか、緊張してるような感じもするし」
「――そっか」
ヘルミオネは胸に手を当てて思案している。ときおり俺の方をチラチラと見るのは、多少の自覚がある証明だろうか?
「って、こうしちゃいられないわ。授業もあるし、他のギルドとの折衝もあるし、急がないと」
「ついでだから休んだら? 本当に疲れから来てるんなら、せめて今の授業が終わるまでは、さ」
「それはアタシがまた倒れた時、君が面倒くさいから?」
「うん」
隠したって仕方ない。
不満だとばかりに、ヘルミオネは眉根を寄せる。が、それも数秒のこと。胸に得たものを一息で吐き出して、大人しく身体を横にしていく。
「アタシだって、君やシビュラに迷惑かけたくないし? ここは素直に従うとしますか」
「助かるよ。あ、他ギルドとの交渉って、どうなってるの?」
「今のところ、一つ応じてくれたギルドがあるわ。って言っても、無条件で譲る気はないって。昼休みにでも急いで話をしたいらしいけど」
「お、有り難いね。関係者はどこに?」
「まとめ役の神子なら三年生の教室にいるわ。でも生徒会室に来てください、って予め言っといたから。こっちは待機するだけで大丈夫よ」
「分かった。俺とシビュラでどうにかしとくから、ヘルミオネは休んでて」
「い、いいわよそこまで。まだ数時間あるんだし、その間に――」
起き上がろうとする彼女を、俺は片手で押し留めた。
「そういうのは他の人に言うべきじゃないかな。先生とか」
「……まったくだわ。アタシも君も、専門知識は持ってないものね。――じゃあ許可が出てたら、アタシは休むの止めるからね?」
「さすがに文句はないよ」
と、噂をすれば何とやら。すれ違ったばかりの潔癖教師は、最後に見た時と同じ表情で戻ってきた。
後は彼の領分だろうし、こちらは大人しく教室に戻ろう。……本音を言えばもう少し付き添ってやりたいが、こっちだって教室に戻らなければならない理由がある。テスト的な。
まあどうせ寝るんだろうけど、追試を避けるぐらいの成績は取っておきたい。
「居眠りは禁止よ?」
「頑張るよ……」
眠気との格闘なんて、想像するだけでも憂鬱な気分。
そうだ、限界に達しそうだったらさっきの光景を思い浮かべよう。ヘルミオネは凄く大人っぽくて色気があったし、興奮して目が覚めるかもしれない。
これだ、なんて合理的な攻略法なんだ。
さっそく目蓋を擦りながら、俺は医務室を後にした。




