2
「凄く調子が悪そうだね、ヘルミオネ」
「そうねえ……そうなのよ。身体がだるいってわけじゃないんだけど、集中力が散漫になってる感じ。先生は神の呪縛がどうたら、って言ってたけど、身に覚えがないし」
何度目か分からない吐息が、彼女の口から零れていた。
部外者はその混乱を観察するしかない。根本的に解決する方法だって知らないのだ。かの女神が放った矢に、解毒薬など存在した試しがないわけで。
……一つあると言えばあるんだが、実行に移すのは躊躇われる。こんな状態じゃ、同意がないのも同じだし。
「何か罰当たりなことでもしたのかしら、アタシ。ゼウス様の加護があるからって、調子に乗りすぎだー、とか」
「た、単なる事故じゃないかな? 神様だって間違えることはあるだろうし」
「そうなのかしらね……」
ああ、正直に言ってしまいたい。とある女神の暴走が原因だと。
しかし間接的に、女神の誇りを傷付けることにもなる。待ちうけるのは意図的な罰当たりで、例の矢をぶち込まれたりしたら目も歯も当てられない。
あの矢は、もう一本対になる鉛の矢がある。これは命中した場合、迫ってくる相手を頑なに拒むというものだ。
一生恋愛不可能なんて嫌すぎる。――アプロディテには考えた通り、アテナと一戦交えさせて意趣返しとしよう。
「テスト前だってのに、勉強に身が入らないなんて困ったもんだわ。ねえユキテル君、何か解決する方法、知らない?」
「えっ」
「君と一緒にいた時、何回かこの気分にはなったことあるのよ。ゼウス様の加護が影響してるのかもしれないし……何か知らない? あるいは聞いてない?」
「いっ、いやあ、知らないなあ」
「――そう」
迫真の演技には程遠いが、何とか誤魔化せたらしい。
ヘルミオネから出た溜め息はこれまで以上に深かった。一定の期待を込めた問いだったんだろう。
力になってやりたい気持ちは強くなる。元はと言えば、俺がアプロディテを止められなかったのが原因なんだし。
「……ところでユキテル君、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「な、なに?」
「まあ立ったまま話すのも変だし、ほら、隣り座って」
真っ白なベッドを叩く赤髪の少女。どこか熱っぽい空気に押されて、逆らう気力なんて失せてしまった。
指示通りに腰を降ろすと、ヘルミオネの方も尻一つ分近付いてくる。
「今朝、シビュラが言ったじゃない? 正式に恋人関係になった、って」
「公衆の前面で暴露されるのは恥ずかしかったけどね……」
「そこまでいなかったでしょうに。あんな可愛い子を彼女に出来るんだから、我慢しなさいよ。男子生徒が聞いたら殺されるわよ?」
「面倒なのは嫌だから我慢するよ……で、聞きたいのは?」
「ん、相手を好きになる、ってことについて」
「――」
平静を装うのに全精神力を傾ける。ヘルミオネが身体を預けるような距離まで近付いているのも、心の鎧を固めなければならない原因だった。
まるで、昨夜のシビュラみたいに。
潤んだ瞳の美少女が、息のかかりそうな距離で見上げてくる。
「アタシね、恋愛感情って経験したことがないの。昔から男は言い寄ってきたんだけど、こっちは全然気持ちが乗らなくてね」
「あ、ああ、シビュラから聞いたよ。凄い少女時代だよね」
「今も少女なんですけど? ――でまあ、どうなのよ? 好きって気持ち、教えてくれる……?」
距離はどんどん近くなる。気付かない間に手と手を絡めて、お互いの息遣い直接触れていく。
少女の状況を忘れてしまうほど、それは官能的だった。




