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「私が持つ矢だけど、命中すると特定の異性が好きで好きで堪らなくなるの。今は君に設定してあるから、とっびきりの美少女に命中させてあげるわ! しかも今日はサービスで二本!」
「……悪寒がするんですが?」
「大丈夫よ! この矢は自動追尾だから、私の腕前だって関係ないわ!」
サムズアップして成功を主張する女神。それでもやっぱり、全身に走る寒気は止められない。
誰か止めてくれないだろうか。いや無理か。露店の人々や数少ない神子達は、故意に視線を逸らしている。シビュラですら関わらないようにしているのが丸分かりだった。
これはもう、本気で成功を祈るしかあるまい。……学生ギルドの関係者に、好みの美人がいるのかは不明だが。
「それじゃ、行くわよー!」
神の権能を発動させるにしては、緊張感に欠けた陽気な声。
二本の矢は黄金の軌跡を描いて、学園がある東へと飛んでいく。
「……」
しばしの、静寂。
アプロディテは矢の飛んだ方向を凝視している。喜びもせず、かといって悲観する素振りもないのが非常に恐ろしい。
無言が続く分、比例して冷や汗も増していく。――頼むから男にだけは当たらないでくれ。学園の女子生徒は美少女率が高かったし、そこさえ回避すれば後はどうにでもなる……!
しかし数分立っても、アプロディテは動かなかった。あれー? と口にしているのが聞こえる。終わった。
「だ、大丈夫ですか? ユキテル様。顔、真っ青ですよ?」
「……俺、しばらく学校を休むよ」
「だ、大丈夫ですって! アプロディテ様の矢が、変な人に突き刺さったと決まったわけじゃ――」
「あー!」
申し合わせたような、女神の悲鳴。
振り向いた彼女は、頭を掻いて申し訳なさそうにしている。
「ごめんなさい、二本とも同じ人物に突き刺さっちゃったわ。もともと貴方のことを気にしてたみたいだから、外そうとは思ってたんだけど……」
説明している間に、アプロディテの表情は反転する。つまり開き直ってしまった。
二本とも、という結末に俺が戦慄を覚えていると、横からシビュラが顔を出してくる。少しばかりニヤケているのは、誰に当たったか予想がついているからだろう。
「女神さま女神さま。確認しますけど、当たったのって――」
「ヘルミオネ、だったかしら? その子に二本とも、こう、直撃してしまったわ。……しばらく坊やの顔を見ただけで駄目になるかもしれないけど、可愛いからいいわよね?」
「はいっ、もちろんですよ!」
何故か代わりに答えるシビュラだった。
それにしても二本一緒に突き刺さるとは。学園に戻った時が楽しみなようで怖い。
アプロディテが使った矢の効力は、神々ですら抵抗できない強力なものだ。例外はアテナなどの処女神ぐらい。ヘルミオネが抵抗できる根拠は皆無だ。
「じゃ、じゃあ、お姉さんは帰るわね。手助けどころか迷惑になった気がするけれど、楽しんでねー!」
楽しむ余裕があればいいが。
物言いたげな目を向ける俺に対し、アプロディテは謝罪もせずに退散する。……アテナが二日酔いから覚めたら、きっちり言いつけてやろう。
一方で、隣のシビュラは小躍りしていた。
「これで正式に仲間が増えますね! 性徒会の結束も深まることでしょう!」
「? いま変な言い方しなかった?」
「――ユキテル様、細かいことを気にしてはいけません」
気にしなくちゃいけない状況なんだけど、彼女は一向に問題視する気配がない。
……まあ起こってしまった出来事は変えられないのだ。学園へ戻るまでに腹を括っておくしかない。
本来の目的へと進みながら、俺は改めて嘆息するのだった。




