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神殿に戻った俺を待っていたのは、用意された夕食だった。
いつも通り居間で食べるわけだが、雰囲気はこれまでと異なっている。家長に近いポジションだったアテナが――顔を真っ赤にして駄目になっているのだ。
「あー、食った食った。話も思いのほか盛り上がったぞ! やはりアレだな、人間が増えすぎた時は戦争しかないな! うん!」
さすがの残忍っぷりである。
酔いが回っているアテナは、ほとんど一人で話していた。こちらが返事をしようとしなかろうと関係ない。好き勝手に喋って、返答を一人でねつ造している。
「……アテナ様、お酒に弱いの?」
「どうなんでしょう。飲みに行くだなんて、私は初めて聞きましたから……ブドウ酒は飲んだりするんですけど」
「たくさん飲んだ、ってことかな……」
呆れ果てる少年少女の前で、知恵の女神はゲラゲラと笑っていた。
いっそ水でもぶっかけたい気分になるけど、後が怖いので止めておこう。早く食事を済ませて、部屋に退散してしまうべきだ。
「そういえばオルトロスは? ご飯、あげた?」
「はい、もう出しましたよ。たまたま魔獣のお肉があったんで、それを」
「――食べたの? ケルベロスさん、次に喰ったら腹壊す、って言ってたけど?」
「嫌がる様子は特にありませんでしたよ? 見ている方が楽しくなるぐらいの食いっぷりでした。ユキテル様にも見習ってほしいぐらいです」
「一気に掻き込んだら消化に悪いじゃないか。ちゃんと噛まないと」
「ですが! ガツガツ食べてくれるのは、男らしくて良いと思うんです!」
シビュラは拳を作って力説する。ついでに俺の口元へおかずを運ぶのも忘れない。
すっかり調教されたもので、この行動に慣れつつある自分がいた。心臓の鼓動を意識させられる中で、いつものように口を開く。
彼女は実に楽しげだ。呵々大笑するアテナを忘れるぐらい、その笑顔には影がない。
「ああ、そうだシビュラ! お前の親父だがな! 処刑することで決まったぞ! あははははっ」
「――」
毒キノコでも食ってそうな勢いで、爆笑しながら宣言する。
明るかった空気は一瞬でどん底へと落ちていった。もちろん俺自身はどうってことないんだけど、肝心のシビュラには後ろめたさや罪悪感があるらしい。
「……いい? シビュラ」
「――はい。父が神の怒りを買ったことは、紛れもない事実ですから。罰を与えるのは当然ですし、あの人は神に逆らう持っていなかった。それだけです」
きっぱり言い尽して、再び口を開けるよう催促してくる。手を降ろさせる理由は一つもなかった。
咀嚼する俺を見て、シビュラは相変わらず満足そうにしている。が、表情はどこか堅い。言葉にしたほど、現実を受け入れていないのがよく分かる。
あるいは、努力している最中なのか。
こればかりは本人に任せようと、俺は踏み込むことを止めた。日常を続けていく方が、効果的な薬になる可能性もある。
「……そういえばシビュラ、ヘルミオネのお母さんについてなんだけど」
「はい? ――ま、まさかユキテル様、人妻にも興味がおありで!? 業が深いですね……」
「違うよっ! どんな人なのかな、って気になっただけ」
「えー、つまんないですっ」
そう言ってくれて安心する。脳内が恋愛と性欲塗れな、俺のよく知るシビュラだ。




