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階段を下りて、広場を横切っていく。行政区でよく見る政治家の姿はなく、警備中の神殿騎士団がチラホラと。
彼らにも礼儀を尽くしてから、学生寮の方向へと歩きだす。
「ね、ねえ、本当にここでいいわよ。シビュラを放っておくわけにもいかないでしょう?」
「いやでも、ここじゃ見送りにはならないでしょ。散歩にもならない」
「いいじゃないそれで。固執する必要、あるの?」
「もちろん」
自分がスッキリしない。
視線でそれを訴えると、ようやくヘルミオネは折れてくれた。隣に並んで、冷たい夜気の中を同じペースで歩いていく。
その間、俺達の間に会話はない。お陰で緊迫した空気が広がっていく。
初めてのデートに困惑するカップルみたい――は、例えが悪すぎるだろうか? でも正直、こっちだって下心の一つや二つはある。故に見送りを提案したのだ。
礼儀だなんて綺麗事を言ったが、これは訂正しよう。
可愛い女の子を一人で歩かせるのが、どうにも我慢ならなかったのだ。
「……鼻の下伸びてない?」
「伸びてない伸びてない、絶対に伸びてない。誰が何と言おうと、俺が伸びてないって認識してないんだから伸びてない」
「ひどい自白があったもんだわ……ま、興味を持ってもらえるのは嬉しいけど」
「ふむ、例えばどんな?」
「あ、アタシに言えっての!? 恥ずかしくて言えるわけないでしょっ!」
「――そう」
これもまた、ひどい自白ってやつなんだろう。
正面に視線を戻すと、学生寮の姿が見え始めている。門はまだ閉じておらず、入ってくる生徒の姿も二、三人は確認できた。門限には間に合ったらしい。
「じゃ、本当にここで。ユキテル君も満足でしょ?」
「本当は部屋までついていきたいけど、仕方ないね。ちなみにヘルミオネって一人部屋?」
「共用よ。残念?」
「その子も美人さんなんだったら、今度紹介して下さい」
「さ、最低っ! ゼウス様の加護持ってるだけのことはあるわね!?」
「いやあ、それほどでも」
美少女と繋がりを持ちたいのは男の性だ。自分にゼウスの加護がなかろうと、興味を持つのは間違いなかったろう。――こうして、口に出すかどうかは別かもしれないが。
「あのねえユキテル君、それじゃあシビュラに嫌われるわよ?」
「でも彼女、容認する気満々だよ? アテナ様からも産めよ増やせよって言われてるし」
「しまった、その二人がいたか……っていうかアンタ、随分と前向きなのね? 出身地の――東の国? そこだと一夫一妻が普通だって、シビュラから聞いたわよ? 罪悪感とかないの?」
「まあ、あると言えばあるけどさ。……心構えだけでも、捕まりたくないんだ。そういうのには」
「どういうこと?」
「ああ、単純に――」
そう前置きを作った直後、学生寮に駆け込もうとする生徒が増えていく。門を閉めようとする、事務員らしき姿も見え始めていた。
これはいくらなんでもヤバイ。生徒会の副会長が規則を破るなんて、褒める案件でもないだろうし。
「じゃ、また明日ね。さっき言い掛けたことも、後で聞かせなさいよ?」
「りょーかい」
去っていく彼女の背中。寮の門に入るまで、俺は手を振り続けていた。
伸び伸びと駆けていくヘルミオネは、自覚と自信で満ちているように思える。……だから、余計に気掛かりだった。学園を出る直前、ああも自分を卑下していた彼女が。
もっとも、原因が分からないわけじゃない。
多分、母親だ。ヘルミオネにとっては父親同様、自慢の対象になっている筈の母親。
家庭環境が悪いってわけじゃない。ただ当人が、二人の娘に相応しく在ろうと、高すぎる目標を自分に課している――そんな気がする。
「……」
予想が事実なら、その問題は彼女の課題。
だったら、この前と同じように。
勝手に心配して勝手に世話やいて、勝手に楽しむとしましょうか。
自分の喜びを大前提にしてこそ、神王ゼウスの加護を持つに相応しいんだろうし。




