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オルトロスを連れて真っ先に神殿へ向かうと、待っていたのは意外な返事だった。
「アテナ様、留守なの?」
「はい。しばらく平和そうだから、他の処女神と飲みに行ってくる、と出ていきました」
仔犬と遊びながら、シビュラは淡々と語っている。
さてどうしたものか。一度ぐらいはアテナの話を聞いておきたかったが、外出しているのでは意見を求められない。念話の方も反応はないし。
一方、戻ってくるまで待機し続けるのも面倒だ。オルトロスだって空腹が限界だろう。
「仕方ない、勝手に動こう。何か文句言われたら、俺の責任にしていいからさ」
「はいはーい、どうぞー」
「……」
彼女にとって、こちらの言葉は聞き流す程度の価値しかないらしい。目の前にいるオルトロスへ、楽しそうに食べ物を与えている。羨ましそうに見るヘルミオネまでセットだ。
「……混ざりたいなら混ざっていいよ、ヘルミオネ」
「い、いいわよ別に。ここに来るまで十分楽しませてもらったし……」
「そう? チラチラ見ながら言っても説得力無いよ?」
「っ」
言われて、ヘルミオネはシビュラ達から視線を逸らす。――思い出すのは以前、彼女が自身のことを冷静だと評価していたこと。今日までの態度を見ると、ソレに対し憧れを持っている、ぐらいにしか思えない。
父親の影響でも受けたんだろう。越えるべき対象だと口にしていたんだから、まず同じ路線には立ちたい筈だ。
「ほ、ほらユキテル君、アタシ達は大迷宮に戻るわよ。まだ一体も魔獣倒してないんだし」
「でもまた向こうに戻ると、結構時間掛かるんじゃない? 迷宮、閉まってるかもよ?」
「しまった、それがあったわね……」
オンファロスの郊外にあるだけあって、神殿から大迷宮まではそれなりに時間を必要とする。アテナが管理する聖域のような転位機能を持たない以上、時間を短縮する術もない。
「仕方ない、今日はここでお開きとしましょうか。その代わり明日、きちっと仕事してもらうわよ?」
「もちろん。あ、ヘルミオネって学生寮だよね? 送っていくよ」
「は、はあ? 別にいいわよ。人に襲われるような時間じゃないに、仮にも英雄級の神子よ? 一般人や無銘級なら問題なく撃退できるわ」
「いや、そういう話じゃなくて。せめてもの礼儀として」
「礼儀って……」
返答に迷いながら、ヘルミオネはシビュラに横目を向ける。視線に気付いた彼女は笑うだけで、直接賛否を示すようなことはしなかった。
でもオルトロスの相手で夢中みたいだし、問題はないだろう。学生寮までは大迷宮ほど遠くもない。
「じゃあシビュラ、ちょっとヘルミオネのこと送ってくるね。何かあったら念話でも飛ばしてくれると助かる」
「はーい」
一抹の不安を覚えながら、俺はヘルミオネと移動を開始する。
すれ違う預言官たちは素直に頭を下げるものの、同行している少女には好意的に接していない。神殿は関係者以外、基本的に立ち入り禁止なのだから。今はこちらの許可で無理に通しているだけだ。
「……なんか、迷惑かけちゃったわね」
「それはこっちも同じだよ。本来の目的も果たせず仕舞いだったし」
「ユキテル君の責任じゃないでしょ。それにほら、ケルベロスは一層で警備してくれてるみたいじゃない? 少しぐらいは成果上がってるでしょ?」
「まあ、確かに」
サボってくれたらご破算なわけだが、よっぽど褒美が欲しかったようだし。他の誰かに恵んでもらわない限り、頼もしい警備ではある。
神殿の正面に辿りつくと、すっかり暗くなった町が見えてた。
本来なら闇一色な筈の町並みは、所々に設置された街頭によって拭い去られている。大迷宮と同じエーテルの光で。
神殿や学園がある区域――行政区は丘の上にあるため、オンファロスを照らす光がいくつも確認できた。……夜景ってほどじゃないけど、星々のような輝きは見る者を虜にする。
「――人口物ってのも、いいもんね」
「その口調だと、普段は嫌いだ、って言わんばかりだね」
「また遠慮のない突き方を……ま、否定はしないわよ。道具に頼るのって、あんまり強い印象ないし。自分の力だけで生き抜けた方が格好いいじゃない」
「……そうかもね。加護の力に頼ってる俺としては、耳が痛い話だけど」
「ご、ごめんなさい」
何故か謝罪する赤髪の少女に、俺は気にするなとかぶりを振った。
もう少し夜の景色に見惚れていたいが、寮にだって門限はあったと記憶している。お腹だって空いてきてるだろうし、急いで送り届けるとしよう。




