10 第一部 了
一人になって、俺は長く溜め息を零した。名前を決めろって、しかも今日中に? ……そうしてやりたい気持ちは山々だけど、ロクな名前をつけてやれる自信がない。
こうなったらアテナにでも相談しよう。長い年月を生きてる女神なんだし、良案を出してくれる筈。
『おい、いま私をババアだと思ったな?』
「うわっ!?」
突然、頭の中に直接声が響いてきた。くそっ、こっちの考えはお見通しなのか。
――途端、寒気がしてくる。これまでシビュラやヘルミオネに対し、劣情を抱いたのが筒抜けじゃないか? シビュラはともかく、ヘルミオネに伝わったらエライことになるぞ。
『安心しろ、私もそこまで鬼ではない。お前が数か月以内に彼女へ手を出したら、綺麗さっぱり忘れてやる』
「負けが確定してるような……」
『本当か? どうもお前の本心、満更でもなさそうだぞ?』
「……」
これ以上は何も考えないようにしよう。
ともあれ会話が出来るのは好都合。顔を見ながらしっかり話した方が良さそうだけど、善は急げってことで。
「アテナ様、さっきシビュラに名前をつけてくれ、って言われたんですよ。何か良い名前ありませんか?」
『知らん。というか、彼女に言われたろう? ユキテル一人でつけるんだな』
「そ、そんな……! どうか御慈悲を!」
『だーめーだ。――ああいや、一つ質問がある。それに答えてくれたら、協力してやろうじゃないか』
「お、いいですよ」
でも心の中を見透かせるんだから、質問する意味ってないんじゃないか?
ひょっとするとこれはアレか、神の試練ってやつか。本音が分かっているから、その通りに回答するかどうか試す、と。
この勝負、もらった。周りには誰もいないし、どんな破廉恥な問いでも答えてやれる自信がある。地雷を踏んだって、白けるのはアテナだけだし。
まあ、後で情報が拡散したら最悪だが。
『聞きたいのは他でもない。リュステウスと戦った時、ヤツに同情する気は一切なかったな。滅びようと救われようと、頓着する気はないと』
「え、ええ、言いましたね」
案外と真面目そうな質問でビックリする。
アテナは前置きを作ってから、自身の中にある疑問を形にしていった。
『それはお前にとって、人間関係の原点か? シビュラやヘルミオネ、私にも該当すると?』
「……かもしれません。だって俺は貴方達じゃない。どれだけ親しくなっても、同じ存在にはなれないでしょう? 最後の一線は、きちんと引いておかないと」
『一理あるな。――ならどうして、私達と関係を持つ? 誰がどうなろうと、それを自身の課題として扱う気はないのだろう? 山に潜み、一人で生きていくのが正解ではないか?』
「そうでもないですよ。……自分で言うのも何ですが、俺って結構欲張りなみたいで」
『ほう』
大切な人には、幸せになって欲しい。
人間として当たり前の願いは、結局自分の中にもあって。
「だから勝手に関わりたいし、守ってやりたいんです。俺自身の課題としてね。その人達がもし不幸な目に合うんだったら、それを解決するのも俺の願望です」
『ははっ、ひどい詭弁があったものだ。拒まれた時にはどうするんだ?』
「ふむ、問題には違いありませんね。どうすれば改めて、彼女に自分の存在を必要としてもらえるのか――考えなくっちゃいけません」
『……傲慢な男だなぁ』
「アテナ様に言われたくないですよ」
でも、いつか。
神のような傲慢を許される時が来るなら、それは誇っていいことだ。シビュラやヘルミオネと、何も気にせず日常を送れるなら。きっと楽しい毎日になるだろう。
故にリュステウスの主張には、多少なりと理解を示さなければならない。
資格を持った人間は確かにいる。重要なのはソレが、世間と上手くかみ合うかどうかだ。
しかし彼は軋みを起こした。町を混乱に陥れ、女神への反逆を咎められて拘束された。共同体の中で生きる以上、秩序に対してはある程度の配慮を示さなければならないのに。
「難しいですね」
自分らしく生きること、社会の一員として生きること。
同意するアテナの声を聞きながら、俺は神殿に戻っていく。
生が抱える矛盾と、これからも戦うために。
「ってなわけでアテナ様、名前ですけど――」
『あれー? 私、そんな約束したっけかなー。分からんなー』
「鬼ですか貴方は!?」




