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「行くよ――!」
轟音が鳴った。
巨神の拳が双頭犬の牙を折る。飛び散る血と悲鳴。オルトロスが纏っていた光が解け、一瞬だけ無防備になる。
もっとも、敵の攻撃手段はまだまだ多い。
その一つが毛だ。一本一本が毒蛇で構成されているソレは、雨のように降り注いで敵を喰い千切ろうとする。百腕巨神で捩じ伏せようにも、いかんせん数が多い。
素直に回避を選んで、向かうは背後。
体毛が毒蛇である以上、オルトロスに真っ向から挑むのは危険だ。
しかし背後なら。ヘビの尾になっている部分なら、少しぐらいは自由に出来る……!
「……!」
追う体毛の蛇、逃走する人間。
百腕巨神を使い、オルトロスの尾を掴んで引っ張り上げる。
毒蛇がこちらに到達する、その直前。
巨神の怪力は番犬を振り回し、神殿の一画へとぶち込んだ。
「――」
一撃はそれなりに響いたようで、オルトロスは立ち上がろうとしない。
身体の大きさも元に戻っていく。衝撃で崩れ落ちた瓦礫の中、外から彼の姿が見えなくなっていく。
ケルベロス達の方も一段落したようだ。戦闘の最中にも聞こえていた轟音が、すっかりなりを潜めている。俺達を探すヘルミオネの声も、町中へ響き渡りそうなぐらい。
「……無事だよね、オルトロス」
動物虐待と言われても弁明できない扱いをしてしまった。これで命に問題があったり、後遺症が残ってたら目も当てられないぞ。
逃げ回っていたお陰で、神殿まではそれなりに距離がある。――そんなもんだから、余計に不安だった。頭でも打ってたらどうしよう? 立ち上がらなかったわけだし、もう十分に可能性はあるのだが。
「いや、その前にシビュラへ謝らな――」
「動くな」
聞こえる筈のない、感情の欠片もないような声。
恐る恐る視線を向ければ、五体満足なリュステウスが立っていた。
「な――」
忠告した通り、彼は人質をとっている。
シビュラだ。喉元にナイフを突き付けられ、苦悶の表情で助けを求めていた。
「ふん、オルトロスを破るとはな。少数で来ると予測していたところまでは当たりだったが……ケルベロスまで連れてくるとは、予想外だったぞ」
「どうして……アテナ様に腕を切られた筈じゃ」
「アレは影武者だ。君達を炊きつけ、この地に呼ぶだけの役割だよ」
「……迫真の演技でしたよ」
気付かれないよう、静かに百腕巨神を発動させる。
しかしリュステウスは、娘の拘束を強くすることで返事とした。妙な真似をすれば本当に殺す、と。――シビュラが不憫でならない。
「小僧、その右手を寄越せ」
「は?」
「貴様が得ているゼウスの加護、私が使ってやろうというのだ。移植の方法は心得ているのでな、早く寄越せ」
話している最中、シビュラの白い首筋に赤が差す。
動機は分かった。なので渡すことは出来ない。ゼウスの加護を失えば、彼への対抗策を失ってしまうのは必然だ。
幸い、人質を取られている時点でまだ恵まれている。リュステウスは人の盾を使わなければ、こちらとまともに交渉できないのだ。
怯える必要はない。シビュラには我慢してもらうとして、こっちも攻勢に出るとしよう。




