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「お、もう行けるのか?」
「ええ。……そういえば、アテナ様は一緒に来られないんですか?」
「私は止めておく。本気で暴れちゃいそうだし、そんなことしたらピュリッサの町が灰燼と化すぞ?」
「大人しく昼寝でもしててください」
そろそろ夕方だけど。
アテナは欠伸をしながら、改めて玉座に腰を降ろす。シビュラが同行する件については、これといった反応を示さなかった。
逆に、巣立つ雛鳥を見て喜んでいる風さえある。
「それじゃあ移動させるぞ。いきなりで驚くかもしれんが、我慢してくれ」
「はい? どういう――」
「こういうこと」
聖域全体が、アテナの合図で光り始める。
目が眩むほどの白さが、最後に見えた景色だった。
―――――――――
「……?」
気付けば、辺りの様子は何一つ変わっていない。
しかしアテナの姿は消えている。背後にある神殿の柱も、表面の模様が少しだけ異なっていた。
『今、お前たちをピュリッサの神殿に転移させた。本来は神しか使用が許されていないんだがな。今回は特別だぞ?』
「え、じゃあ――」
確認する時間もない。
身体の芯にまで轟く獣の咆哮。メンバーの中で一番大きな杞憂を抱いている三頭犬は、矢のように聖域から飛び出していく。俺達も慌てて後を追った。
外で待ち受けていたのは、獣の群。
何十、何百という人狼達……!
『退け――!』
神殿から日の元へ出るなり、冥府の番犬は本性を露わにする。
人知を超えた怪物の顕現。しかし敵は怯えることなく、無謀にも正面から挑んでいった。
彼らは無論、歯牙を立てることすら出来ない。暴れまわるケルベロスに吹き飛ばされ、中には上半身を喰い千切られる者までいる。
その惨状に、ヘルミオネは渋面を浮かべていた。が、シビュラの方が反応は大胆で、俺の後ろに隠れてしまっている。
もっとも、いつまでも誰かの後ろにいることは出来ないだろう。
『む……!』
数十メートル離れた町の中心に、巨大な双頭の犬がいる。暴走状態にあるらしいオルトロスだ。
兄と変わらない躯、体毛の代りに生えている何千匹もの毒蛇。尻尾までその生き物と同じとなっており、怪物と表現するのがピッタリだ。
「ちょ、ちょっと!」
人狼の大多数が身動きできなくなったところで、神殿前の広間に異変が生じる。
ゴーレムだ。以前撃破した個体と同じように、心臓部である球体が地面を突き破って出現する。ざっと数えただけでも五十はくだらない。
彼らは建築物を手当たり次第に吸い、新たな器を形成していく。
「どうすんのよ、これ……!」
『器の破壊は我が担当しよう。そちらのお嬢さんには核をお願いしたいが、よろしいかね?』
「で、出来るか分からないけど、やってみるわ」
「いや、俺が――」
『少年はオルトロスを頼む。我が相手をしたいところだが、あの姿となってしまっては倒すのが難しい。百腕巨神であれば難なく相手を出来る筈だ』
三つの頭で弟を睨んでから、ケルベロスは敵に飛び掛かっていく。ヘルミオネも迷わず続いた。
一方でオルトロスは留まらず、悠々と神殿に近付いてくる。早く戦いたいと言わんばかりに、低い唸り声を鳴らしながら。
「分かりました。じゃあシビュ――」
「シビュラはアタシ達が守るから、ユキテル君は一人で行きなさい! 一緒にいて、戦い易いわけないんだから!」
「でも――」
「いいから気にしない! それに、信用してくれって言ったのはアンタでしょ!? だったらアタシ達のことも信用しなさい!」
「……じゃあお願いする」
百腕巨神を展開しつつ、不安げに眉をひそめているシビュラに振り向く。
時間に余裕もないので、残す言葉は短めだ。




