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「すべてユキテルに任せるぞ。無理だと思えば討伐して構わんし、出来ると確信が持てるなら捕獲してもいい。なんだったらオンファロス神殿で飼うか?」
「成程、目立ちますねそりゃ」
光景を想像したのか、女性陣の二名が揃って微笑する。
ともあれ主導権を渡してもらえるのは有り難い。ケルベロスとも相談して、円満な解決を計ることも可能になってくる。いくら人間嫌いの彼でも、弟が絡むとなれば様々な角度から協力してくれる筈。
「では準備が整い次第、もう一度ここに来てくれ。私はそれまで、オルトロスが町の外に出ないかどうか見張ってるから」
「了解しました」
純白の特等席に乗ったまま、アテナの姿は聖域へと溶けて消える。
肩から力を抜いて、俺はシビュラの方へと踵を返した。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
「はい、今のところは。……アテナ様が誇り高いお方だとは聞いていましたが、いざ目の前にすると衝撃が大きいですね。相手も父親だったわけですし……」
「部屋まで一緒に行こうか? 少し休んだ方がいいんじゃない?」
「ああいえ、そこまで気を遣って頂かなくても結構ですよ。……オルトロスのことが気掛かりで、今は休む気分になれませんから」
「――そっか」
なら準備は完了だ。移動した直後なんだろうけど、さっそくアテナを呼び戻そう。
「あー、ちょっと!」
聖域に賑わいを取り戻すのは、赤い髪を揺らしながらやってくる一人の少女。
その後ろからは、頭が三つもある犬が追走していた。――もっとも、サイズは普通の大型犬ぐらいにまで落とされている。ペットにすればご近所さんの注目を集めること間違いなし。
問題なく聖域に踏み込んだ一人と一匹は、揃って決意の目を向けている。
「これからピュリッサでしょ? アタシとケルベロスも一緒に行くわ」
「……ヘルミオネって戦えるの?」
「な、何よその意外そうな目は! アタシは英雄アキレウスの娘よ? ……昨日のゴーレムについて言ってるんなら、あれは例外だから。神級の神子と一緒にされても困るわ」
「そんなに問題だったんだ……じゃあヘルミオネ、ケルベロスも宜しくね」
ええ、という頷きの後、普通に吠える三頭犬。どうやら縮小している状態だと、会話することは不可能らしい。
「――ところで、シビュラも連れて行く気?」
「え、駄目?」
「駄目に決まってるでしょ。ピュリッサの町、オルトロスに呼応して出現した魔獣ばっかりって話よ? まだ戦えないんだから、同行を許すわけにはいかないでしょう」
「……だそうだけど、どうする? シビュラ」
「ちょ、ちょっと、ユキテル君はアタシの意見に反対なの?」
疑問に肯定も否定も示さず、俺は隣にいる少女に視線を送る。危ないとか安全とか、それはこっちが確保するだけのことだ。大切なのはやっぱり、彼女個人の意志であって。
進む先が剣呑だと分かっているのか、シビュラは俯いて答えない。ただ、誰一人急かすようなことは口にしかなかった。下される決断を無言で見守る。
「……ご迷惑かもしれませんが、私は行きたいです」
「じゃあ行こうか。責任は俺が持つから、ヘルミオネ達は気にしなくていいよ」
「き、気にするわよ! アンタだって、この子がいたら足手まといじゃ――」
「なら信用してくれると嬉しい。俺なら絶対大丈夫だって、信用してくれればそれでいい」
「んな――」
無茶を言うなと、ヘルミオネは開いた口を塞げずにいた。
でもこっちとしては、それぐらいしか妥協できない。彼女が力尽くででもシビュラの同行を認めないなら、俺も諦めるしかないだろうけど。
今のところ、暴挙に出るほどに追い詰められてはいない。
驚愕の一色だった顔からは、徐々に力が抜けていく。
「……分かったわよ。っていうか、神級の神子にそこまで言われたんじゃ、反論できないじゃない」
「じゃあそういうわけで。――アテナ様!」
根拠があるわけじゃないけど、試しに呼んでみる。
すると間を置かず、玉座に人影が戻ってきた。手にはまだ巨大な槍を握っており、ドレスと合わせて周囲に威厳を振り撒いている。




