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「女神よ、私の話をお聞きください! そもそもこの神子が原因なのです! こやつが番犬の兄弟を排除していれば! 私がオルトロスを攫う必要もなかった!」
「……」
「どうかお考え直しください! この小僧を神殿に留めたとしても、利益など何一つない! オンファロスの民に悲劇を運ぶだけ――」
「控えよ」
叫び声も出せない、刹那の出来事。
リュステウスの片腕が、空中に舞い上がった。
「あ、あ? あああぁぁぁぁあああ!?」
鮮血が神域に飛び散っていく。
アテナの手にあるのは、ドレスと同じ色の槍だった。少女の身体で振り回すには大きすぎるぐらいだが、不思議と違和感はない。彼女自身も、軽々と振り回している。
「おいおい、何をやってるんだ。私の聖域が貴様の血で汚れたぞ」
「な、何を、小娘が何のつもりで……!?」
「私はコレでも、貴様の数百倍は歳をくっているんだがね。あと、女に年齢の話はしないことだ。嫌われるぞ?」
「がっ!?」
喋りながら、アテナはうずくまるリュステウスを打ち上げた。
飛ばされた彼の動きに沿って、またもや血が飛び散っていく。が、その原因となった神は、自分にも責任があるなど微塵も思っていない模様。
「おい道化、出血ぐらいさっさと塞げ。貴様のような物が、我らの領域に血を零して良いわけがあるまい?」
「っ、あ、ああああ……!」
「幸運にも口は使えるんだ、傷口を塞いだらどうなんだ? うん?」
平然と無茶を要求するアテナだが、リュステウスにそんな余力はない。彼の身体はこの瞬間にも、命を繋ぎとめることに必死だ。
もう一撃加えようとする処女神。が、奇跡的に道化は立ち上がった。弱りきった手足を引きずって、死に物狂いで外を目指す。
「よし消えたな。ああ、掃除を忘れずに済ませなければ」
パチンと指を鳴らすと、呼応した聖域が脈を打つ。表面が薄い光で覆われ、一瞬にして不純物を消したのだ。
どんな仕組みかも分からない魔法。やはりネクタル石の応用だろうか?
考えている内に、アテナは自身の特等席へと戻っていく。
「っと、すまんな。驚かせたか?」
「ああいえ、大丈夫ですよ。アテナ様だったらやるって、少し思ってましたから」
「良く分からん褒め方だな……シビュラは大丈夫か?」
「――はい、一応」
彼女の顔色はどう見積もっても悪い。実の父が痛めつけられたこともだが、目前で流血沙汰を見るのも初めてだったんだろう。
シビュラの細い指は、俺が来ているブレザーの裾を掴んでいる。微かな震えも無視は出来ない。
「……アテナ様、次回からは周囲の状況を踏まえてから行ってください。貴方の趣味趣向に文句は言いませんから」
「もし私が、人前で人間を切り刻むのが好きだとしても?」
「おっと、仮定の話は別の機会にしてください」
今は議論をしてる場合じゃない。暴走したとされるオルトロスを、どう対処するかが先だ。
発起人であるアテナから、当然ながら異論は出ない。得物を持ったまま腰を降ろし、こちらに手招きをしてくる。
物騒な絵図ではあるが、彼女を疑うわけでもなし。足取りが覚束ないシビュラに合わせて、マイペースで女神の前に向かっていく。
「では改めて本題に入ろう。……昼頃、ピュリッサから連絡があった。町の中に突然、巨大な双方の魔獣が出現したとな。私達は直に赴いて正体を突き止め、君に念話を飛ばした次第だ」
「他のギルドに協力は?」
「おいおい、こんな美味しい仕事を外野にみすみす渡せるか? オンファロス神殿、及び生徒会ギルドの知名度上昇のため、きちんと利用するぞ」
「……まさか、討伐を?」
昨日の一件があるだけに、もし当たりだったら引き受けられない。
しかし問われたアテナは頷きも、首を横に振るわけでもなかった。




