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女神の要求に従い、最速で神殿へと帰宅する。
出迎えた預言官達はどこか忙しない様子だった。しかし理由を問う暇もなく、そのまま神殿の奥へと誘導される。
乱立する柱の奥にある謁見用の部屋。居住スペースですべての用件が済んでしまうユキテルには、始めて訪れる場所でもある。
「――」
神の威厳を形にした、聖域と呼ぶべき純白の広間。
天井は一面に渡って模様が描かれている。世界の創造から、親から子、孫へと引き継がれる神の王権。その最中に起こった戦争まで記されている。
中央にはゼウスらしき神の姿が描かれており、背後からは後光が差している構成。不滅の王権を手にし、正真正銘の神王となった瞬間を書いたものだろう。
「おお、偉大なるゼウスの子、黄金の瞳を持つ神よ! 私は貴方のためにすべてを成した! あの町で起こったことは、不慮の事故に過ぎません! どうかご理解を――」
広間の最奥。五十メートルは離れている場所には一台の玉座がある。背もたれの部分が妙に高く、神々のために用意された座席なのだろう。
紅蓮の処女神は、そこで退屈そうに頬杖をついている。
彼女の正面には膝を突く男が一人。……女神が飽きているのは弁明の言葉だと、誰の目にも明らかだった。
「私は、あの魔獣を排除するべきだと考えておりました。オンファロスの安全を、貴方様のお力を確たるものとして民衆に示せると!」
「あー、はいはい、好き勝手言ってろ。構うのも面倒だ」
「アテナ様……!」
見ている方から同情を誘いそうなレベルで、リュステウスは懇願し続ける。
深い溜め息を零すアテナだったが、こちらの存在を認めるなり目の色を変えた。立ち上がって、脇目も振らずに駆け寄ってくる。
――もちろん、リュステウスの面貌は大変なことになっていた。やっと女神が動いたかと思えば、自分のためじゃなかったんだから。
「やっと来てくれたか。退屈で敵わんかったぞ」
「こっちは邪魔されて困りましたけどね。……で、どうしてリュステウスさんが?」
「何でも、ケルベロスの弟を攫ったそうでね。手ひどい反撃にあったらしい」
「反撃?」
「暴走、とでも言うべきかな。巨大化した挙句、ピュリッサの町を攻撃しているらしい。現在、避難者がオンファロスにやってきている状態だ」
「ふむ」
それで許しを請いに来た、のだろう。
リュステウスは立ち上がると、再びアテナの元で膝を突く。もちろん、俺に鋭い視線を向けるのも忘れない。
……まるでそよ風だった。憎悪に満ち溢れた形相で睨んできているのに、コレっぽっちも怖くない。彼にあるのは敵意というより、感情的になっているだけなんだろう。
これはアテナが無視したくなるのも分かる。構うだけ無駄なんだ、この男は。




