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「ユキテル様、私達はどうします?」
「……生徒会室の掃除をしよう。結構汚れてたし、あのままにしておくのはね」
「ふふ、ユキテル様もすっかりその気ですね」
「まあ」
一度乗った船だ。最後まで付き合う。
校舎に戻る寸前まで、注目の的になるのは同じだった。沈静化したのは西校舎に移ってから。生徒がまったく見えないわけではないけれど、外に比べれば静かなものである。
生徒会室の鍵は空いたままだ。最後に見た光景と違いがあるとすれば、ヘルミオネのカバンが消えているぐらい。
「さて、どこから片付けます? どこもかしこも汚れてそうですけど」
「じゃあ片っ端から雑巾がけかな、空気の入れ替えもしつつ。――あ、こっちに雑巾ってあるの?」
「ありますよ。というか、そこの用具入れに入ってるんじゃないですか?」
シビュラが指差したのは、部屋の隅に置かれているロッカー。故郷と変わらない光景に感心しつつ、自分から中を確認してみる。
雑巾とバケツは確かに入っていた。あとモップもある。
「マスクはある?」
「それなら職員室の方にあるかと。私、取ってきますね」
「うん、お願い」
掃除のため上着を脱いでいた彼女は、そのまま廊下へと出て行った。
一人になった部屋の中を改めて俯瞰する。……微かに思い出せる光景と、差異はほとんどない。この異世界、自分が思っている以上に文明は進んでいるんだろう。
ネクタル石、なんて向こうには道の技術もある。刻める呪文に一切制限がないとすれば、それだけで上回る可能性もあるんじゃなかろうか。
「進歩し過ぎた科学は魔法と変わらない、か」
有名なSF作家の言葉だった気がする。
適当なところで気合を入れ、俺は掃除へ取りかかることにした。学園を卒業するまで使うかもしれないんだし、念入りに汚れを取っていこう。
そういえば、掃除のネクタル石とか無いんだろうか? あれば楽な気はするけど――
「ユキテル様!」
「シビュラ?」
彼女が持ってきたのは、マスクじゃなくて石だった。
噂をすれば何とやら、である。その表面には複雑な象形文字みたいなのが刻まれていて、いかにも魔法が使えそうな雰囲気だった。
「先生方の許可を得て、掃除用のネクタル石を借りてきました! これを使えば、直ぐお掃除終了ですよっ!」
「……シビュラ、どうせなら自分達の手で片付けない? 持ってきてくれて悪いんだけどさ」
「? いいですけど……こっちの方が簡単ですよ? これまでの生徒会も使ってるそうですし」
「うん、それは分かってる。でもこれから自分達で使う部屋なんだから、出来るだけ自分の手でやらない? そっちの方が愛着も湧くだろうし」
「ふむふむ」
「……で、どう?」
「あ、私は最初から大丈夫ですよ! ユキテル様が決めたのであれば」
潔く、とはこのことを言うんだろう。シビュラはネクタル石を机に残して、今度はバケツを持っていった。
何となく、生徒会室が汚れたままの理由が分かった気がする。手入れに手間をかけていないから、利用者には愛着が残らなかったんじゃないか? ヘルミオネみたく面倒くさがっている場合は別として。
「さあユキテル様! やりましょう!」
戻ってきたシビュラは、袖を巻くって気合十分。俺よりも先に雑巾を濡らしていく。
「……にしても、ユキテル様は真面目ですねー。私やヘルミオネさんだけだったら、絶対ネクタル石に頼ってましたよ」
「まあ手間が掛からない方がいいのは本当だろうしね。――でも、可能な範囲で回り道してもいいと思うんだ」
「どうしてです?」
「急いだって楽しいとは限らないでしょ? 楽しいから急ぐのは分かるけどさ、その逆で必ずしも良い時間を過ごせるとは限らないんじゃない?」
「おお、ソレっぽいこと言いますね、ユキテル様」
まあシビュラと一緒の時間を過ごしたいだけですがね。気になる少女と静かな場所で共同作業、いいもんだ。
なんで、こちらも参戦といこう。いつアテナからお呼びが掛かるか分からないんだし、急ぐにこしたことは――
『すまんユキテル。急で悪いんだが神殿に戻ってくれ』
「……」
『ん? どうした? 念話はきちんと届いているよな?』
と、このように。
神様は人間の都合など、コレっぽっちも斟酌してくれないのでした。




