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ヘルミオネの弁当を見つめていた理由は他でもない。この異世界に来て、始めて米を見たからだ。これまでの食事はほぼ例外なくパンだったし。
たった一日しか離れていないのに、何だか懐かしくなってくる。
「お米だなんて珍しいですね、ヘルミオネさん」
「ん? ああ、父さんが偶然手に入れたのよ。オンファロスに住んでると食べる機会が少ないし、いいかなー、ってね」
「……」
声は左右から。隣に並んで話せばいいのに、彼女達は俺を挟んで話している。
お米の存在もだが、こうして二人の美少女に挟まれるなんて大問題だ。食事にまったく集中できない。自分で取っているサンドイッチの味も、口の中で曖昧なまま溶けていく。
「シビュラ、どうせだったら食べる?」
「わあ、いいですか? じゃあ、あーん」
「はあ? そんなの子供の頃に卒業しときなさいよ……ほら」
文句を言いつつ、スプーンを使ってお米を運ぶヘルミオネ。
当然、こちらと接触しないわけにはいかなかった。余計に食事への意識が薄れてきて、彼女もチラリと横目を使ってくる。
「……冷え切ってますね」
「仕方ないでしょ朝作ったんだから! 弁当なんてそんなもんよ!」
まったくの正論だが、それでもシビュラはご不満なよう。
少女達は一旦離れて、自分の食事を再会する。こっちも昨日と同じく、シビュラに世話を焼かれる時間が戻ってきた。
「――食べたいの? ユキテル君」
が、どうも今日は違ったらしい。
魅力的な提案に頷きたくなるが、寸のところで取り下げる。珍しい物のようだし、さっきシビュラにも上げていたのだ。自分ぐらいは遠慮しよう。
だが、
「は、はい、あーん」
強行された。
白米の乗ったスプーンが、たどたどしくもやってくる。……こんな環境の所為だろう。今まで見たどんな炊きたてよりも、そのお米は輝いて見えた。
相手の好意を無下にするなんて忍びない。それでも本音ではガッツポーズを作りつつ、待機している食器へと口を運ぶ。
「んー、美味しいです!」
想定外の割り込みによって、目の前から米が消えちまった。
犯人を捜すまでもない。こちらに寄り掛っているシビュラが、俺よりも早く捕食してしまったのだ。
「あー! 何してのよ!」
「らめふぇふ。ユヒテルひゃまに食べさせていいのは――私だけです!」
「べ、別にアタシがやったっていいじゃない! 大体アンタ、彼が複数の女と関係持っても仕方ない、って言ってたでしょうがっ!」
「じゃあヘルミオネさんは例外で」
「ぐぬぬぬ……」
完全に先日の再来である。
少しは仲良くしろと言いたいが、地雷を踏み抜きそうなので勘弁してほしい。
一方で、当人達は譲れないようだ。片方はこめかみを振るわせて、もう片方は余裕の表情で挑戦者を迎え撃っている。
放っておけば争いが泥沼化するのは必定。やっぱり話題の変更が一番だ。
「あのさ、生徒会の仕事について何だけど」
「……そういえば、本来はその話をする予定だったわね。ここは一時休戦にしましょ、シビュラ」
「つまり私の勝ち逃げですね!」
「こ、この女……!」
「はいはーい、ヘルミオネさん可愛い、可愛いー」
見事なまでの棒読みだが、それで対戦相手は黙ってしまった。しかも嬉しそうに頬を緩ませて。……変な男に捕まらないか、凄く心配になってくる。




