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「ふむ、ここ数日で危険な事態には至らず、か。昨日とは逆の結果だな」
「ユキテル様が到着した影響と思われます。急きょ、近隣諸国へ知らせた方が宜しいかと」
「よし、他の預言官たちに知らせよう。シビュラ、お前はいつも通り一息入れて、それからユキテルと一緒に来い」
「はい」
アテナは反転して、颯爽と部屋から出ていった。
残された俺達の間には、少しずつ静寂が溢れてくる。シビュラが全身を使って呼吸していて、披露しているのが目に見えて分かるからだ。
「だ、大丈夫?」
「え? ああ、平気ですよこれぐらい。預言を授かるとなると、結構体力を使いますからねー」
簡単に言ってのける彼女だが、額に浮かんでいる玉のような汗は隠せない。
幸い顔色は悪くないが、なんだか自責の念に駆られてしまう。シビュラに負担を強いていることが、彼女への背徳的な行為に思えてくる。
「――ユキテル様、お気になさらず。私は貴方の役に立ちたくて、預言を授かったのですから」
「……なら、いいよ。君がやりたいと思うのが一番だ」
「えへへ……あ、ところでこの格好、どうですか? 昨日はあまりお見せできなかったんですけど」
「よく似合ってるんじゃないかな。シビュラらしくて清純っていうか」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう。どうせならこのまま学園に行きましょうか? 目立つかも知れませんが、私とユキテル様の関係を見せつける良い機会ですし」
「そ、それは昨日のお弁当とかで十分だよ」
「つまり、また食べさせていいと!?」
しまった、また墓穴掘った。
嬉々としてシビュラは踊っている。技術のない素人流の踊りだが、本人が抱いている感情はきちんと表現できていた。見ているこっちまで嬉しくなる。
と、
「ひゃあ」
法衣が絡まったのか、気分の踊り子はバランスを崩してしまった。
尻餅を付きそうになったギリギリのところで、彼女の両脇に手を差し込む。咄嗟のことで、変な部位に触れていないかどうか心配だ。
「――」
もっとも、時既に遅し。
両手には収まりきらないぐらいの弾力が伝わってくる。いつもだったら茶化してきそうなシビュラも、予想だにしない接触事故に戸惑っている様子。
さて、どうしたものか。素直に手を離すべきなんだけど、頭の大部分が真っ白で判断がつかなかった。ていうか服の上からなのに、凄い。
「あ、あの、ユキテル様……?」
「――あ、ああ! ごめんね」
「……なんか傷つきます、その答え方」
だって事故じゃないか。
内心の主張を飲み込みながら、彼女の身体から手を離す。両手から消えてしまった未知の感覚が懐かしい。……思い切り鷲掴みにしてしまった気がするけど、痛くなかったろうか?
しばらくの間、シビュラは胸を隠すようにしている。顔は僅かに伏せ、どんな反応をすればいいのか迷っている感じ。
「ど、どうでしたか? 私の胸……」
「え」
絞り出すように喉を通ったのは、状況を更に混沌とさせるような質問だった。
どうだったかって、いやそりゃあ、素敵でしたよ? どんな風に表現すればいいのか分からないけど。
時間の経過でうやむやになりそうな空気ではなく、彼女は切実に問いかけていた。
「よ、良かったと思う、よ? ちょっと混乱してるから、具体的には言えないけどさ」
「そ、そうですか。――気に入って頂けたのなら、嬉しいです」
「……」
真っ赤な顔で破顔して、シビュラは預言の部屋を出ていく。
彼女の返答に面食らって、俺は数秒間動けなかった。あそこまで恥ずかしがっているところも始めてみたし。これまで主導権を握り続けてきた彼女を知らない身には、二重の意味で驚かされる。
意外と、不慮の事態には慣れていないんだろうか? 昨日の昼食だって、こっちから食べさせようとしたら困惑してたし。
攻められると弱い。そういうことだ。
「可愛いなあ……」
思わずニヤケてしまう。今さらなのかもしれないけど、こんなに魅力的な少女が隣にいるなんだ。頭がどうにかなってしまいそうだ。
外に出ても表情はなかなか戻らなくて、門番の二人に訝しむような目を向けられた。




