7
「まったくあの子は……それでは神子様、アテナ様の元へご案内します」
「え? ああ、いいですよ、一人で行きますから。お忙しいでしょう?」
「も、申し訳ありません。そうして頂けると助かります……!」
通りかかる預言官と次々に相談しながら、彼女も駆け足で神殿のいずこかへ。
彼女達の間を縫うように、俺は居間へと向かい始めた。全体図こそ分からないが、朝夜と往復すれば該当する道は分かる。
目的地の扉は閉まっていたので、一応ノックを挟んでみた。
「ユキテルか? 入っていいぞ」
「失礼します」
入ると、今朝と同じく真紅のドレスに身を包んだアテナがいた。
相変わらず美しい。アプロディテのように色気を振り撒いているわけではないが、少女らしい可憐さがある。まるで咲いたばかりのバラのようだ。
「なんだ、畏まる必要はないぞ。ここはお前の家なんだから」
「居候してるようなもんですし、最低限の遠慮はしますよ。……ところで、何か用ですか? 単に朝食を?」
「いや、ついでだから、預言を授かる瞬間を見せてやろうと思ったんだよ。これからそれを取り扱うというのに、まったく知識がないのも問題だろう?」
「えっと、預言はシビュラが?」
「基本的にはな。個人の私生活に関する場合などは、他の者達で扱うことになっている。客が多いからね、役割分担は必須なんだよ」
「なるほど……」
アテナは腰を上げると、こちらの右側を抜いていった。
俺も彼女を追って廊下に戻る。向かうのはシビュラが去っていった方向、神殿の奥だ。建物自体の雰囲気も、少しずつだが変わっていく。
歩いていくと、一組の預言官が見張っている扉に辿りついた。
石で造られた重々しい出入り口である。その隙間からは濃厚な何かが溢れており、特別な空間なのだろうと想像を膨らませた。
「準備は?」
「送れていますが、先ほど終わったところです。どうもシビュラ様は、また寝坊したようで……」
「何をやってるんだ、アイツは」
姿の見えない常習犯に、アテナは肩を竦ませる。
見張りはゆっくりと、扉は床と擦れながら、閉ざされた世界を開けていった。
奥に見えるのは法衣を着たシビュラ。集中しているようで、こちらがやってきたことには反応がない。
背後では、重低音を響かせながら空間が密閉される。
なおも、シビュラは腰を降ろして動かなかった。静寂の守り手として、ただ奥の壁を見つめている。……こっちからは見えないが、祈りを捧げているのかも。
「動くなよ。どうやら丁度、預言を授かろうとしているようだ」
「……」
息が詰まりそうになる。外を歩いていた時の清涼な空気は、ここに入って完全に閉ざされている。あるのは神秘的な、表現のし難い感覚だけだ。
シビュラが何かを呟いているのは分かるが、明確に聞き取れるほど大きな音じゃない。
「っ……」
光が満ちる。薄暗い個室の中が、脈絡のない閃光で一杯になっていく。
目を開けた頃には、立ち上がった彼女が筆を握っていると分かった。手元で山積みになっている紙へ、一心不乱に書き込んでいく。
もしかすると、預言の内容を書き写しているのかもしれない。何かがやってくる気配も無かったし、変化はシビュラの脳内で起こっているのかも。
「――ユキテル様?」
まだ途中だったろうに、シビュラはこちらの存在に気付いてしまった。
とはいえ肝心な部分は過ぎたのか、俺よりも先にアテナが動く。彼女は仕事を称賛するように肩を叩いた後、まだ途中の紙を拾い上げた。




