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「そ、それじゃあ、さ」
「はい」
勉強については、この後に控えている個人授業で補うとして。
「お父さんとの関係について、聞いても良いかな?」
「――」
温まっていた二人の間が、急速に冷え込んでいく。
即座に撤回するべきではと思ったが、ここは我慢の時間だ。仮に引いたとしても、わだかまりを残すことになる。当たって砕けろの精神でいこう。
いつもと違った無表情をシビュラは浮かべている。そこにあるのは葛藤というより、罪を暴かれた後ろめたさに近い。
「……分かりました、お話します。何が知りたいのですか?」
「シビュラがお父さん――リュステウスさんをどう思ってるか。仲が良さそうには見えなかったけど、真っ向から敵視してるような感じもしなかったからさ」
「なるほど、曖昧だと」
「うん」
誤魔化してもしかたないので、素直に首肯する。
そうですねえ、と一言挟んでから、彼女は天井を見上げていた。その先にのは吸い込まれていく白い蒸気。
彼女が寂しそうな横顔をしているのは、一体どうしてなんだろう?
「好きではないと思います。でも、逆らう勇気がないのも事実です」
「勇気?」
「はい。……私は早くに母を亡くしてまして。身近な家族は父だけで、幼い私にとっては大切な人でした。……だから、逆らう勇気を持てないんです。恩を仇で返してるんじゃないか、って」
「――シビュラはどうしたいの?」
「わ、私ですか?」
「そう。……君の気持は分かるし、変な感情ではないと思う。けど、一番大切なのは、今のシビュラがどうしたいか、じゃないかな? 月並みの意見で悪いんだけど」
「い、いえ、そんなことありませんよ。少なくとも、私にとっては新鮮な意見です」
嬉しそうに頬を緩める彼女は、さながら天使のようだった。
ああくそ、抱きしめたい。今すぐここから連れ出して、二人っきりの世界で暮らしたい。あんなクソ親父なんて問答無用でぶちのめしてやる。
そんな衝動を胸に抱きながら、俺はシビュラの返答を待っていた。
「えっと、真剣に答えた方がいいですよね?」
「そうしてください」
「……その、たった一日で生意気かもしれませんけど、私はユキテル様のお世話がしたいです。貴方と話してると、肩の荷が軽くなるような気がして」
「はは、それは光栄だな。シビュラみたいな可愛い子が言ってくれるなんて」
「――ユキテル様、私にも我慢の限界がありますよ?」
「!?」
よいっしょ、とシビュラは身体を横にずらす。結果として、腕と腕が直に触れているのは言うまでもない。
そのまま、彼女は俺の肩に頭を乗せてきた。
「お父様はあんな酷いこと言ってくれやがりましたけど……私は、私個人としてユキテル様にお仕えします。貴方が神子じゃなくても、神子でなくなっても、絶対に」
「そ、そっか。ありがとう」
「感謝するのは私ですよ。……窮屈だったんです、神殿での生活は。アテナ様は良くしてくれましたけど、お父様の干渉の方が強かったですから。でも、ユキテル様が来ると決まって――」
「あの人は神殿から距離を置いた?」
「ええ。もともと、神級の神子が来るまでの代理でしたから。神殿から出ていく日は、激怒していましたよ」
「容易に想像できるな……」
しかし結果オーライ。彼が変わらず神殿にいたら、シビュラや預言官達はもっと窮屈な毎日を過ごしてただろう。
改めて、彼女がここまでしてくれる理由に感じ入る。
子供の頃から妻にと育てられて、神子に救世主としての像をシビュラは重ねた。大迷宮でリュステウスに刃向かった時、だから彼女はあんな顔をしていたんだ。
重ね重ね、期待が寄せられていると痛感する。
とても、心地よい期待を。




