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「ほら、ユキテル様」
悩んでいるうちに、後ろではシビュラが向きを変えていた。タオルも外し、洗って欲しい背中を見せつけてくる。
イメージ通りの、透き通るような白。
始めて直視する美少女の後ろ姿に、直感的な感動を覚えてしまう。心臓も張り裂けそうなぐらいに脈打っていて、洗うだけだと自分に言い聞かせねばならなかった。
既に石鹸がついているタオルを手に、改めて呼び掛ける。
「そ、それじゃあ、洗うよ?」
「はーい」
いつも通り、朗らかな返事をする彼女。
「ん……」
タオル越しに手が当たると、蠱惑的な悩ましい声を出してくる。わざとですか?
だがこうなった以上、黙々と作業を進めるしかない。やや呼吸が荒くなっていることを気にしつつも、両手の動きに没頭する。
「お上手ですね、ユキテル様。このまま調子に乗って、前を洗ってくれたりしてもいいんですよ?」
「いくら何でもそれは勘弁!」
「うー、男だったらガツンと来てください! ガツンと!」
「怒らないでよ、もう……」
適当なところで、お湯を流して終了。彼女がやってくれた時間に比べると短いが、それだけこちらの理性が持たなかったということだ。
シビュラの方も文句はないようで、タオルで正面を隠したまま立ち上がる。
「それじゃあ桶に入りましょうか。身体をじっくり温めれば、一日の疲れも取れるものです」
「肉体的な疲労より精神的疲労の方が大きいけどね……」
「どっちにしたって温まった方がいいです。ささ、入りましょ」
「ま、まだ心の準備が……!」
しかし問答無用。女の子とは思えない力で、風呂桶の中へと引っ張られる。
彼女は見せつけるように、肩までお湯の中へひたしていく。こちらを見る上目遣いの双眸は、入らないんですか? と純粋な質問を投げかけていた。
好意があるのは事実で、それを無下に出来るほど冷徹にはなれない。
水面に浮かぶ深い谷間も、誘惑を助長する劇薬だった。
「――じゃあ、失礼します」
「別に遠慮する必要はないですよ。ユキテル様専用の浴室なんですから」
「でも実感は分からないし……っていうか、元は預言官が使ってた場所じゃないの?」
「いえ、私達が本来使う部屋は別にあります。なんでここ、今まではアテナ様が一人占めしてたんですよ」
「ふ、ふうん」
目を泳がせながら、シビュラとの雑談に興じていく。
数センチ横に動くだけで、本当に肌と肌が接触しかねなかった。緊張感もこれまでと比較にならないほど膨れ上がっていく。
適度な湯加減で、軽く上気した少女の頬。現在は長い黒髪を結い上げており、これまでとは違った印象を与えてくる。
「はぁー、良いお湯ですね。今日一日、頑張った甲斐がありますよ。ユキテル様も、お疲れ様です」
「あ、ああ。シビュラもお疲れ様」
「うふふ、ユキテル様に労って頂けるなんて、明日も気合十分で過ごせそうです。――ところで、何かお尋ねしたいこと、確認したいことは御座いませんか? 勉強のことでも、何でも答えますよ」
「な、何でも……」
よからぬ考えが脳内を占拠する。
ピンク色に染まりそうなところで、俺は無理やり思考回路をリセットした。彼女は真面目な話をしたがっているわけで。ここは紳士ぶった方がプラスだろう。
ま、きっとバレてるんでしょうけどね。




