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頭は簡単に納得できなくて、俺はしばらく口を閉ざしていた。――もちろん、リュステウスに対する同情は一つもない。初対面の段階で、彼に対する評価は固まっている。
気掛かりなのは、シビュラが父親をどう思ってるか。仲睦まじい関係には到底見えなかったが、最低限の義理立てはしているかも。
「そういえば、シビュラの本名なんですけど……」
「なんだ、知りたいのか? でも知ってるのは父親だけだぞ?」
「アテナ様は?」
「知らん」
あまり期待はしていなかったけど、やっぱり外れるとガッカリする。
しかしあのリュステウスから聞き出すのか。好意的に答えてくれる想像が、どうしても描けない。娘のことを苗床とか言ってたし。
本気で探し出そうとするなら、別口を当たった方が良さそうだ。名門の出身だそうだし、幼い日のシビュラを知っている人物はいる筈。
「……あれ? でも彼女、神子じゃないんですよね?」
「いや、厳密には神子だぞ。ただ、父親に加護を剥奪されている状態でな。神子は刻印の有無で判別されるから、一般常識としては神子から外れる」
「ど、どうしてそんなことを?」
「自分の力を高めるためだろうな。ヤツにとって娘も家族も、出世するための道具でしかない。――先代シビュラはそれで殺されたようなものだったよ」
「……」
ますます、彼女が不憫に思えてくる。
本当の名前を奪われて、父親からはまともな愛情を受けないで、母親は殺されて。……明るく振る舞っているように見えるのは、前を向こうとする足掻きなのかもしれない。
「私はシビュラと、神殿に入ってからの付き合いだからな。実の娘みたいな気分にはなってくる。……幸せになってもらいたいものだ」
「それ、俺に言ってます?」
「はは、傲慢なやつめ。――だがまあ、君が彼女を救うなら止めはしないよ。どこの馬の骨とも分からんやつに、シビュラを渡すわけにはいかんからな」
「あんまし変わらないと思いますけど……」
信頼を寄せてくれるのは素直に嬉しい。全力で答えたい気持ちも、もちろんある。
節操無しだと、怒られるかもしれないけど。
気に入った女の子には、やっぱり笑顔でいて欲しいもんだ。
「――さて、暗い話はここまでにしよう。私はもっと未来志向の会話がしたい」
「と、言うと?」
「もちろん、今後の宣伝活動についてだ。人々の不安が広がっているのは、今朝も話しただろう? この辺りで、オンファロス神殿の知名度を広げたいと思っているんだ」
「具体案は?」
「オンファロスといえば預言で有名だから、それを使う。ほら、地球ではデルポイの神託所、って有名だろう?」
「ああ、世界遺産の」
驚異的な的中率を誇っていたとして、かなり有名な神託所だったらしい。
ギリシャ神話の中にも度々登場する他、史実でも大きな役割を果たしている。そのためデルポイの町は賑わい、各国が国庫や大使館を設置することもあったとか。
時の学者達でさえ、デルポイの預言には一目置いている節がある。
史実でもっとも有名なのは、紀元前に起こったペルシャ戦争にまつわるものだろう。大国ペルシャに対し、兵力で圧倒的に劣るギリシャを勝利に導いた預言を行ったそうだ。
「この世界ではな、各国に神殿があり、預言を行っている。が、近年は外れることが多くてな。魔獣の被害も少しずつ増えて、神殿の影響力が弱体化しているんだよ」
「そこを突いて、オンファロスの知名度を更に広げたいと?」
「ああ。もともとウチの預言は的中率が高くて有名だが、更に一手打ち込みたい。大きな影響力があってこそ、中立も維持できるというものだ」
「ふむ……」
つい、腕を組んで考える。
知りたいのはアテナに対する個人的なことだ。どうしてオンファロスに執心するのか、そもそもこの世界は何なのか――肝心な動機を、俺はまだ聞かされていない。
「ん? 別に大した理由じゃないぞ」
思案が表に出ていたんだろうか。タイミング良く応じた女神は、短い前置きを作って語り出す。
「私達のよく知る世界に似ている世界があったから、世話を焼きたくなっただけさ。神としての思惑とか、そいう大規模なものは私にはない」
「……つまり俺、別の惑星に召喚されたんですか?」
「まあ大体はな。詳しい話もしてやりたいところだが、また日を改めてからにしよう。今日一日、精神的にも肉体的にも疲れてるだろう?」
「それなりには」
すると、アテナは大声で人を呼ぶ。
若い預言官は数秒の間でやってきて、彼女の前に恭しく膝をついた。




