6
「いやはや、物凄い出会いがあったものです」
「そうだね――ってシビュラ、君は神子じゃないでしょ? 入ってきていいの?」
「もちろん駄目ですけど? でも裏口を使うんですから、問題ないです。バレなきゃ誰も叱れません!」
「……俺、シビュラが優等生だって聞いたんだけど」
「へ? なんですかその風評被害」
反省を期待するだけ無駄らしい。
ヘルミオネと一緒に肩を落としてから、三人で来た道を辿ることにする。ケルベロスのいない状況だから、警戒心は後戻りだ。
「――何をしている?」
さっそく、何者かが介入する。
知らない声の人だった。が、二人の美少女は違うらしく、眉間に皺を寄せている。
路地裏から、威風堂々と現れる一人の男性。
神殿所属を示す、白い包囲を着た男だった。白い髭を蓄え、批難の意図でこちらを睥睨している。
「お父様……」
シビュラの口から、苦しそうに零れる名称。
まともな人間じゃない、と評したヘルミオネも、苦虫をかみ殺しているような顔だった。
「シビュラ。貴様、自分の立場を弁えているのか? 許可もなく大迷宮に入りおって……」
「も、申し訳ありません! 神子様のことが心配で――」
「小娘の分際で私に意見するな! 貴様は神子の子を産まねばらならぬ身だと、子供の頃から教えているだろう! それ以外の用途に自分の身体を使うな!」
「し、しかし――」
「黙れと言っている!」
感情的なだけの、頭ごなしな否定。聞いていて気分が良くなるものではない。
彼らこちらの存在に気付かないまま、実の娘に罵詈雑言を叩き付ける。
「くそっ、女というのはいつもこうだ! 私に意見するなど、一体何さまのつもりだ!? 貴様も少しは、母親を見習って――」
「あの、静かにしてもらえますか? シビュラのお父さん」
「む……」
激怒していた表情が一転、焦燥感を滲ませる。娘に対する苛立ちで、他の一切が目に入っていなかったらしい。
「シビュラには俺の方から指示を出したんです。一緒に大迷宮へ行こう、って」
「神子様……それは危険というものです。この女は単なる苗床。貴方様の情を受けるなど、アテナ様とゼウス様にどのような顔をすれば――」
「貴方の判断は聞いていません。俺が連れて行きたいから連れてきた。何か問題がありますか? これ」
「……畏まりました」
と言いつつ、こめかみに浮かんでいる青筋は消せていない。シビュラに対する厳しい視線も変わらずで、ヘルミオネの評価が間違いじゃないと実感する。
まあ構う必要はない。神殿での立場はこちらが上だ。思う存分利用して、彼女の負担を軽減しよう。
「娘さんは責任を持って送り届けますから。貴方は邪魔なので、早く帰ってどうぞ」
「――では、これにて。シビュラ、あとで話が――」
「あ、俺のいないところで内緒話は控えてくださいね」
「っ」
彼は今度こそ俺を睨んでから、取り繕うように一礼した。
去っていく背中は敗北者のソレで、登場した時のような威厳はない。重く圧しかかった屈辱が、彼の両肩を重くしている。
「……申し訳ございません。父がご迷惑を」
「え? ああ、別にいいって。というか、一番迷惑だったのはシビュラじゃないの?」
「そ、それは――」
「いや、お節介だったら謝るよ。俺の方から、家族関係についてとやかくは言うのは変だろうし。……でも困ったことがあったら、遠慮なく相談してくれると嬉しい」
「は、はいっ!」
少し目を潤ませながら、シビュラは提案を受け入れた。
一方、ヘルミオネの方は口を開けたまま止まっている。はて、初心の彼女が引っかかるような行為でもしただろうか?
「どうしたの、ヘルミオネ」
「そうですよチョロいヘルミオネさん。私とユキテル様に嫉妬してるんですか?」
「な、なんか余計なこと言われてない!? ……アタシは単に、ユキテル君に驚いてただけよ。凄く自然体だったし」
「そう?」
こっちは内心、感情的じゃなかったのかと心配になってるぐらいだ。
ともあれ威嚇が成功したのは良しとしよう、シビュラが危険な目に遭うかもしれないが、それはこちらで引き受ければいい。……彼女は一応、部屋を一緒にとか言ってたんだし。
「それじゃあ地上に戻ろう。シビュレがいること、バレちゃまずいんだし」
「そうですね。裏口へは私が案内しますから、ついてきてください!」
問題の元凶と言える人物自ら、二人の先頭に立って歩く。
――最後に少し、嫌な出来事はあったけれど、
異世界転移を果たしてからの一日目が、終わろうとしていた。




