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「素直に貰ったらどうですか?」
『し、しかしだな、兄弟揃って餌付けされるというのは……』
「あ、気付いてたんですね」
彼は必死に鼻を使いながら、匂いだけでも堪能しようとしている。余計に涎が落ちてくるので、こっちは怖くて仕方ないんだが。
「?」
さすがにシビュラも、六つの視線を長々とは無視できなかった。手に持った袋を左右に動かして、ケルベロスの首が同じように動くのを確認している。
「欲しいんですか?」
『――!』
地獄に光が差した――そんな顔だった。
それでもプライドが邪魔をして、ケルベロスは頷かない。全力で堪えている。出てくる唾液の量は変わんないけど。
心境を露見させているその状態。シビュラは袋に手を突っ込み、いくつか彼に向って投げる。
『ふおおぉぉぉおおお!』
陥落。
数年ぶりに飼い主と再会したら、こんな光景が待っているんだろうな、と。本性をむき出しにして飛び付くケルベロスは、そんな微笑ましい印象を覚えさせる。
――以上、番犬兄弟は己の食欲に屈服した。
「怖いもの知らずねえ、あの子」
「そうだねえ。味方としては心強いけどさ」
「アンタも、尻に敷かれないよう注意しなさいよ?」
「無意識のうちにやられそうな気がするけどね……」
とまあ、そんな風に。
和やかな時間が、少しずつ経過していくのだった。
「……アタシ達はこれで、お役目御免かしらね?」
「オルトロスが見つかったしね。アキレウスさんにも、報告しといた方がいいかな」
「そっちはアタシがやっとくわよ。もう結構時間は経ってるし、わざわざ学校に行くのも面倒でしょ?」
「じゃ、お願いしようかな」
こちらの交渉が終了したのと同時に、シビュラは残弾が尽きたらしい。番犬兄弟の間には重苦しい空気が広がっている。
立ち直ったのはケルベロスが先だった。右の顔で弟を甘噛みして、中央の顔に持っていく。
『ふう、ご馳走になった。また差し入れてくれると助かる』
「うう、調子に乗り過ぎました……全部ユキテル様のために作ったのに……」
「ケルベロスさん今すぐ俺に返してください」
『胃液まみれだが宜しいかね?』
よろこんで却下しよう。
下に降りようとするオルトロスを抑えながら、番犬兄は第一層の奥へと消えていく。感謝のつもりだろう、最後にひと際大きく吠えて。
大迷宮の隅々まで響く轟音を、俺達は手を振りながら聞き届けていた。




