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「!?」
「もう、ズルいですよっ! 私を差し置いて二人だけでデートなんて!」
「あ、アタシはそんなつもりじゃないっつーの!」
「またまたー、顔が真っ赤ですよ?」
「……」
アテナ様、アテナ様。アプロディテ様を恋愛脳だとか批判してたけど、貴方のお膝元にも恋愛脳がいます。
人間全体に否定的な考えを出していたケルベロスは、一瞬で警戒心を露わにした。――が、それも数秒のこと。相手が戦闘なんて出来そうにない少女と知るや否や、フッ、と頬を緩ませる。
『少年、やはりお主はゼウスの神子だな』
「そういう結論になりますよね。まあ彼女、確かに良い子ですけど」
魔獣には襲わなかったようで、シビュラは制服の裾を乱していない。明るい地下空間を更に明るくしようと、駆け足で近付いてくる。
その後ろ。
二つの頭を持っている仔犬が、追いかけて来ていた。
「し、シビュラ! 後ろ!」
「はい?」
足を止めて振り向くと、彼女を追跡中の仔犬も停止する。行儀よくお座りまでして、期待に満ちた目でシビュラを見上げていた。
「ああ、この子ですか。なんだか途中で付いてきてしまって」
「ど、どこで!?」
「大迷宮に入って直ぐですけど? あ、私がここに来てることは内緒ですよー? 裏口から入ってきましたから!」
唇の前に人差し指を立てて、毎度のように微笑む彼女。自慢しないでくれ。
お陰でこっちは仰天するしかなかったけれど、シビュラにつられて顔がほころんだ。
『珍しいこともあるものだ。オルトロスは警戒心が強いのだが……』
「ああ、ご家族の方――って、大きい魔獣さんですね! お名前は?」
『ケルベロスという。かつて冥府の番犬をやっていたそうだ。――弟が世話になった』
ペコリと頭を下げる巨大な番犬。気にしないでください、少女は許し、同意するように仔犬の鳴き声が一つ。
どうも大分懐かれているようだ。兄との再会を数日ぶりに果たしたというのに、オルトロスはシビュラの傍から離れない。彼女の周りをずっと回っている。
最後にお座りして、また一吠え。
「……何か欲しがってるように見えるね」
「お腹を空かせていたようなのでクッキーを上げたんですけど……もしかして好物だったんですかね?」
「人間の食べ物を動物に与えちゃ駄目だよ。あ、でも魔獣だから大丈夫なのかな……? っていうか魔獣って何食って生きてるの?」
『肉だな。他の魔獣の肉だ』
じゃあやっぱり上げちゃ駄目だったのでは?
でもシビュラは話を聞いちゃいない。オルトロスの頭を撫でた後、二つの顔にそれぞれクッキーを渡す。無地の袋から取り出されたもので、何となく手作りを連想させた。
「――ん?」
背後。ケルベロスの頭の真下では、何か溶ける音が聞こえてくる。
いや間違いない。彼も弟と同様、シビュラのクッキーに釘付けだった。涎を垂らし、落下した先から土を溶解させている。
「ちょ、ちょっと、ケルベロスさん!?」
『うん? ――お、おお、しまった。ここ最近、オルトロスを探していて何も食ってなかったのでな』
「身体が大きいと大変そうですね……」
いくらなんだって、シビュラが持っているクッキーで満たされるとは思えないが。
しかしよっぽど興味をそそられるようで、ケルベロスは羨望の眼差しを向けていた。餌付けされている弟へ、叱ろうとする気配さえ皆無である。
「まあ、無理もないか……」
甘い食べ物は、ケルベロスの大好物だ。
この三頭犬の弱点といえば、音楽を多くの人が思い浮かべるだろう。ある詩人が死んだ恋人を蘇らせるため、冥界へ下った際もケルベロスは音楽で無力化された。
で、もう一つの弱点が甘い食べ物。冥府の番犬なんて大層な渾名を持っている割に、意外とガードは緩いのである。




