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『気付いたら我が主の姿は見えなかった。我が記憶しているのは己の名と役目、あとは家族ぐらいなものだよ。冥府がどこにあるかは知らぬし、ずっと大迷宮の下層で暮らしてきた』
「な、なんでそんな、断片的に?」
『分からぬよ。恐らく、神でさえもこの理由は知らんだろうな』
「……」
本当。この大迷宮は、一体どんな場所なんだろう?
地下ということで、迷宮そのものが冥府という考え方も出来る。とすると死者達とは、辺りをうろつきいている魔獣だろうか。随分と活発な死者である。
「ここは、何のために作られたんですかね?」
『一般的には、古代民族の土地だとされている。オンファロスを築く際に埋められたが、我ら魔獣が長年掘り進めて行った、とか』
「ケルベロスさんもそれを信じてるんですか?」
『信じているというか……他の説がないものでな。信じざるを得ない。埋められる前の町が、いくつかの層に分かれていたというのも不思議な話だからな』
「確かに……」
埋めて立てて、を伝統的に繰り返していたんだろうか? それならある程度は納得出来そうだが。
隣を見ると、ようやくヘルミオネが復活している。雑談に勤しんでいるこちらと違って、精力的にケルベロスの弟を探し出そうとしていた。
「話は終わりにしましょうか」
『うむ。魔獣について何か聞きたいことがあれば、今後も来ると良い。第一層の端に、下層への隠し通路があるのでな』
「分かりました」
人間側の担当は、ケルベロスでは探しにくい細々とした場所。
家屋の中まで徹底して捜索するが、仔犬の姿どころか毛の一本すら見当たらない。せいぜい埃の塊があるぐらいだ。
魔獣が襲ってこないお陰で、ペース自体は順調である。二人と一匹しか手を借りれないのが、唯一にして最大の欠点だった。
「……やっぱり地上も探すべきじゃないかしら? 自然と人の目も多いし、聞き込みをすれば得るものはあるかもよ?」
「まあやっとくに越したことはないよね。そっちはケルベロスじゃ無理だろうし」
『その辺りはお主達に任せよう。大勢の人間さえ連れてこなければ、我は何も――』
「あ、ユキテル様ー!」
場違いとしか言えない、底抜けに明るい声。
振り向いた先にいたのは、紛れもなくシビュラだった。




