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「大物だね、ヘルミオネは」
「父親がそうだもの。あの人を超えるぐらいはしたいもんだわ」
不敵な笑みを作って、彼女は道案内を再開する。
直後だった。
ヘルミオネの足元が、大きくひび割れたのは。
「ちょ――」
「?」
彼女は気付かない。
何か巨大な存在に、攻撃されようとしていることも。
「っ……!」
言葉では間に合わない。百腕巨神を出現させ、その場からヘルミオネを掬い上げる。
追うように岩の拳が突き上げてきたのは、それから一秒も経たない頃だった。
攻撃の射程から逃れた百腕巨神は、こちらの意図に従って優しく彼女を地面に下ろす。完全に油断しきっていたらしく、まだ顔付きは呆けたままだ。
「怪我は?」
「あ、ああ、問題ないわ。その、助けてくれてありがとう……」
「気にしなくていいよ。たくさん話を聞けたお礼だと思って」
「――」
いまだ反応が鈍いヘルミオネを後ろに置いて、襲撃者と相対する。
路地を貫いた拳は、下の方に引っ込んでいた。が、徐々に大きくなる振動が、本体の出現を間近に知らせている。
爆散する地下の地面。
現れたのは、目測五メートルはある岩の巨人だった。
「ご、ゴーレム!?」
見た通りの名称を、ヘルミオネは口にする。
しかし敵は動こうとしない。上半身のみを出現させており、こちらを追撃しようにも動けないのだ。
「ど、どういうこと!? ここまで大型のゴーレムなんて、下の層にしか――」
「そういえば、アキレウスさんが言ってたよ。地下を調査しなくちゃいけないとか」
「!? あ、アンタね、そういうのはもっと早く――」
ヘルミオネの言葉を遮る形で、ゴーレムの拳が振り下ろされる。
それでも、百腕巨神の一撃が先行した。
ゴーレムの胸が穿たれ、振り上げた腕は力なく落ちるだけ。頭部と思わしき位置にある無機質な瞳も、一瞬で光を失っていく。
だが、
「さ、再生してる……」
欠けた先から、フィルムを逆再生するように。敵は何事もなかったと、双眸の光を繋ぎ止めていた。
ならもっと破壊する。幸い、傷を与えることは出来るのだ。面倒だと判断するのは、それでも再生された場合にしよう。
「ヘルミオネは下がってて。やれるところまでやってみる」
「ひ、一人で!? 相手はベテランの神子でも手を焼くようなヤツよ!? それを……」
「宣伝してこい、って言われてるからさ。どうせならデカい獲物を狩りたいんだ。いいでしょ?」
「……分かった。アタシは助けを呼んでくるから、せめてそれまでは耐えて」
「その前に終わらせたいけどね」
自信に満ちた言葉を手形に、俺達は別々の方向へ動いていく。
不思議と恐怖はなかった。むしろ全身が熱くなって、これから始まる遊戯を待ちかねている。敵を蹂躙する喜びを、身をもって味わえと言っている……!
だったら始めよう。力だけは有り余るほどある。人狼は簡単に倒せてしまったが、今回の敵は簡単に果てることもなさそうだし。
背後から、百を超える腕が出現した。
奇怪とさえ思えるその光景。神々しいというよりも禍々しく、巨神の力が展開していく。
「木っ端みじんだね、百腕巨神」
「――」
呼びかけた友人には、声などなく。
ゴーレムの拳を砕くことが、代わりの意思表示だった。




