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さてどうしようか。ただ突っ立ているだけなのも、退屈だし疲れてしまう。大迷宮についての話が聞ければ満足だが、見知らぬ人に声をかけるのも申し訳ない……。
結局、その場で待機する安全策を選ぶ。
「ねえ、君」
「? はい――」
踵を返した向こうには、一人の女性が立っていた。
白い上着を羽織った、存在感のある美人さんである。線が細くて戦闘をこなすようには見えないが、彼女も大迷宮に潜る神子だったりするんだろうか?
視線の高さはほぼ同じ。女性としては長身の部類だろう。
この場にいる全員の視線が、名も知らぬ美女へと釘付けになった。
目を反らせない。彼女から流れ出る濃密な色気が、男心を鷲掴みにしている。震えが来るような美女、とは彼女のことを指すに違いない。
これまで出会った少女とは違う、大人の女性。
彼女は、深い胸の谷間を自慢げに露出させている。スカートの切れ目からも、美しい足を見せつけていた。
雄の欲望を煽ることに特化しているとしか思えない存在。思わず涎まで出そうになって、急きょ理性を呼び戻す。
「あ、あの、何か?」
「うふふ、慌てなくても大丈夫よ。あとでちゃーんと、可愛がってあげるから、ね?」
「っ……」
舌舐めずりをしながら、謎の女性は目と鼻の先にまで近付いてきた。
いつの間にか腰に手を回される。彼女の武器である大きな胸も、圧迫されて卑猥な形となっていた。シビュラやヘルミオネとは迫力が桁違い。
一周して怪しくすらなってくるけど、その青い瞳を意識の外へは弾けなかった。
流れるような金髪はさわり心地が良さそうで、つい指を伸ばしたくなる。
「あら、気の早い殿方ですこと。それに触れるなら、もっと別のところが欲しいんじゃない?」
「べ、別?」
「そ。例えば、私の唇とか……私の胸、とか。もしかしてお尻の方が好みかしら?」
甘い声色で囁きながら、彼女はこっちの手を握ってくる。恋人達がするような、互いの温もりを貪欲に求める握り方で。
「私は……そうね、パンニモっていうんだけど」
「ぱ、パンニモ、さん?」
「うふふ、可愛い子……お姉さん、君のこと気に入っちゃったわ。ね、これから町で遊ばない? とっても気持ち良くなれる場所を知ってるの」
「え、でも人と一緒なんで――」
「さっきの子ね? お姉さん以外の女にもモテるなんて……ますます欲しくなっちゃった。これから一緒に来てくれれば、彼女じゃ教えてくれないこと、教えてあげるわよ?」
「え……」
抱き付いたパンニモの唇が、耳元に寄っていく。
悩ましい彼女の吐息が、鼓膜を直接振るわせた。かすかに唇も触れているようで、全身に鳥肌が走っていく。
「例えば、女の身体について、とか」
「――」
「ふふ、期待しちゃって……愛しくなっちゃう。いいわよ? お姉さんが、天国に連れて行って――」
直後だった。
「!?」
建物を激震が襲う。窓の向こうからは強烈な閃光が飛び込み、パンニモの独壇場だった空気を一瞬で塗り替えた。
彼女のことしか見えていなかった俺も、やっとのことで平静を取り戻す。
「くっ、まさか――」
表情を歪めるパンニモさん。
直後に聞こえたのは扉をぶち開ける音と、怒号だった。
「おらぁ、どこだっ!? このくそ女神があああぁぁぁあああ!!」
「あ、アテナ様!?」
女神という立場を脱ぎ捨てるような声だが、顔を見るまでもなく断言できる。
……もしかして目の前にいるこの女性、女神か? 逆らうことを許さない色気、アテナと険悪な神といえば心当たりがある。
「も、もしかして、アプロディテ様ですか?」
「あら、私のこと知ってるのね。アテナの庇護下にありながら賢い子だわ。ねえ、キスだけでも――」
「させるかあああぁぁぁあああ!!」
轟音を打ち鳴らし、観衆を吹き飛ばしながらアテナが来る。
手に持つのは巨大な槍。周囲への被害を顧みることなく、彼女は神の力を振るう。
刹那、平屋そのものが消し飛びましたとさ。




