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「時々ね、あの子が言うのよ。私の名前は何なんでしょう、って。だから個人的に探してみたんだけど、手掛かりなんて全然なくって」
「だから、俺に手伝ってほしいと?」
「概ねその通りよ。アタシがこれ以上かかわると、神殿の方から怒られそうでね。預言官の個人情報って、部外者は探っちゃ駄目だから」
「その点、俺だったら多少の無茶でも目を瞑ってくれる?」
「そういうこと。神殿に住むんだったら、彼女の父親とも会えるでしょうし。……悪い意味でまともな人じゃないから、注意してね?」
「――」
前傾姿勢で確認を求めるヘルミオネ。俺の視線は彼女の目から、自然とその胸元へ落ちていく。
シビュラほど大きくないとは思っていたが、机との間に挟まれた果実は強烈な存在感を放っていた。もっとも本人は無意識にやっているようで、こちらが沈黙したのを訝しむだけ。
第一印象は大切だと言うし、俺は全力で頷いて平常を装う。……過剰なリアクションをしている段階で、罪を告白している気もするが。
「ま、任せてくれて問題ないよ。シビュラの本名、きっと明らかにしてみせる」
「期待させてもらうわ。――じゃあもう一つ、これは別件なんだけど」
「うん?」
「生徒会長、やってみない?」
目が点になった。
時間を置いて首を横に振る。学園の全体像すら把握できていないのに、生徒の代表なんて務まるもんじゃない、と。
「何も実務までしろとは言わないわ。名前を貸してくれるだけでいいの」
「ど、どういうこと?」
「アリストテレス学園の生徒会長はね、神級の神子じゃないと務まらないのよ。でも在籍中の生徒で、神級は貴方のみ。だから今、会長席は空いててね」
「不都合とかは、やっぱり?」
「もちろんよ。生徒会が発足できる学生ギルドも、ここ数年潰れたまんまだし。ちなみに私達がいるここが、生徒会ギルドの拠点」
「……掃除ぐらいはしなよ」
「あはは、面倒くさくってねえ。シビュラ辺りなら、喜んでやってくれそうな気がするんだけど」
確かに。彼女、他人の世話をするのが好きそうだし。
しかし生徒会長か。名前を貸すぐらいだったら問題ないけど、それで終わらせるのも無責任な気がする。関わるなら、きちんと自分にやれることをしたい。
「時間を貰ってもいいかな? 数日中には返事を聞かせられると思うから」
「いいわよ。あ、じゃあせっかくだし、大迷宮の方でも見学する? アンタなら自分の身は守れるでしょうし、ここ最近は強力な魔獣が出たって噂もないし」
「い、いやでも、シビュラと神殿の方で勉強を――」
「あの子にはアタシから言っておくから! ギルドで活躍したりしたら、喜んでくれるでしょうしね」
「……完全に行く前提だね」
「観念なさい」
差し伸べられる、ヘルミオネの手。
仕方ない、何事も経験だ。アテナが今朝向かっていた理由も、本音の部分では気掛かりだし。昼間の人狼の件だってある。
握り返すと、彼女は満足げに頷いてくれて。
浅ましい本能は簡単に見惚れてくれた。……ああ、初日でこんなにも美女と知り合うなんて、なんだかこの先が心配である。
ゼウスの加護、恐るべし。




