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「はあ、うるさいわね。これだから集団ってのは放置したくないのよ」
「一発ガツンと言ってやったら?」
「遠慮しとくわ、余計に大騒ぎでしょうし。時には我慢して、堂々とするのも必要なもんよ」
「ふむ……」
目的地を知らされないまま、俺達は校舎の外へ。
だが人混みは途切れていなかった。上級生らしき人々が、何十人も集まって声掛けを行っている。いくつかのグループに分かれているのが特徴だった。
彼らはこちらの存在に勘付くと、文字通り目の色を変える。
「おい見ろ! 神級の転入生と――げっ、副会長!?」
「も、もう駄目だ……新戦力として期待してたのに、もう駄目だ……」
「副会長ー、もう少しデレてくださいよー」
とまあ、そんな風に。ヘルミオネ自体が、彼らに対する防御壁の役を果たしていた。
しかし根本的な態度は親しげでもある、挨拶をしてくる一人一人を、彼女は決して無視しない。昇降口での対応とはえらい差である。
「ところであの人達は、何を?」
「単なる勧誘よ。今は新入生の所属も決まってないから、活動が活発になるわけ。優秀な生徒はもう決まってるでしょうけどね」
「……もう一つ悪いけど、何の勧誘?」
「地下の大迷宮よ。知らないの?」
当然、首は縦に振る。アテナとシビュラの会話に出ていた記憶はあるが、未知のゾーンなのは間違いない。
「魔獣の住処になってるところよ。彼らが外で暴れ始めると大変だから、神子達が何人も駆り出されてるの。ここオンファロスだと学生も出てるわ」
「それがさっきの……」
「正解。学生ギルド、っていうんだけどね。ユキテル君も興味があるんだったら、どこかに所属してみたら? 引く手数多よ、確実に」
「考えとくよ。――ところで用事って、その大迷宮関係?」
「それもあるけど……肝心の部分は別よ。ほら、こっち」
このまま校門を通過するのかと思えば、ヘルミオネは右側に逸れていく。
正面にはこじんまりとした、二階建ての建物が一つ。
鍵を使って開けると、彼女は勝手知ったる我が家のように中へ。カバンは入って直ぐにある机の上に置いていた。
「くつろいでくれていいわよ。いま飲み物出すから」
「……」
奥に消えていくヘルミオネを放置して、現在地の内装を観察する。
あまり利用されていないのか、全体的に殺風景だった。場所によっては薄っすらと埃が積もっていて、寂寥感を演出している。
勧誘の賑わいも遠く、繁栄から置き去りにされたような。
らしくなく感慨に耽っていると、水が入ったコップをヘルミオネが持ってくる。眉尻を下げて、申し訳なさそうだった。
「本当はコーヒーでも入れてあげたかったんだけど、あいにく物が無くて」
「大丈夫だよ、水だって水分補給にはなるんだから」
「いや、そういうんじゃないんだけど……まあいいわ。文句言われるよりは全然マシだし」
座って、と彼女は身振りで示してくる。幸い、椅子とテーブルには埃が積もっていない。
お互いに腰を下ろして、水を呷ったところで一息。
「シビュラのことなんだけど」
「? うん」
「あの子とは上手くやっていけそう? 味方になってくれるって約束できる?」
「へ……」
突然の問いに、思わず気の抜けた声が出る。
しかし彼女は真剣そのもので、中途半端な回答を求めているわけじゃなかった。俺は水を空にしてから、姿勢を改めてヘルミオネを見る。
「もちろんそのつもりだけど。なんで突然?」
「つまんない事情があるのよ。……あの子の名前が、襲名した名前だってことは知ってるかしら?」
「本名じゃない、ってこと?」
「ええ。シビュラっていうのはね、最高位にある預言官へ与えられる称号みたいなものなの。彼女は子供のころからシビュラとして、神殿に使えてきたわ。天才児だったのよ」
「……そこに、問題が?」
「私情だけどね。言ったでしょ? つまんない事情って」
肝心な部分に触れる直前、ヘルミオネは半分ほど水を飲んだ。
何気なく窓を見つめる彼女は、遠い過去を掘り起こしているようでもある。




