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「まあヘルミオネさんだったら、ユキテル様に近付いても問題ないですよ。とっても綺麗なんですから、気に入ってくれると思います」
「ふ、ふん、冗談で褒められても嬉しくないわよ」
「ええっ、お世辞じゃないですよ? 私、ヘルミオネさんは学園一番の美少女だと思ってます!」
「そ、そう?」
満面の笑みで頷くシビュラを見て、ヘルミオネの方も満更ではない様子。篭絡されている現実には気付いていないらしい。
ふんっ、腕章の美少女は胸を反らしながらも、頬に浮かんだ喜びを隠せていない。なるほどなるほど、褒めてしまえば簡単に攻略できるのか。
絡まれた時は実行しよう。美しい女性が喜んでいる姿は、見るだけで幸福にしてくれるものだし。
「――って、話題が脱線してるわよ! アタシは転入生の方にも用があるんだから!」
「つまり愛の告白ですね。ああ、先を越されてしまうなんて……」
「いい加減にしなさいよアンタ!?」
でもやっぱり、シビュラは余裕たっぷりだった。
これ以上は敵わないと結論したのか、ヘルミオネは俺の方に身体を向ける。父親のアキレウスと同じように、他者を威圧する眼差しを。
しかしよく観察すると、彼女の方は趣きが異なっている。
見る者を勇気づけるような優しさ。シビュラが包容力を感じさせる女性だとすれば、ヘルミオネからは情熱的な活力が伝わってくる。
その容姿も相まって、男性陣の人気は高そうだ。朝の雑談でも、確かに彼女の名前は出ていたし。
「貴方がユキテルね。神級の神子であり、ゼウス様の加護を持っていると」
「あ、うん。まあ借りものだけどね」
「加護なんてみんな借りものよ。……試しに見せてもらってもいい?」
「どうぞどうぞ」
減るものじゃないし。あとシビュラの言によると、ヘルミオネもゼウスの加護を持っている。仲間意識のようなものは、ちょっぴりと感じていた。
俺が袖を動かすのに合わせて、彼女の細い指が手首を掴んでくる。急ぐことを強いる乱暴な扱いだけど――白磁のような肌に見入って、非難することを忘れてしまう。
「やっぱり私と少し違うわね……英雄級と神級の壁ってところかしら」
「ヘルミオネさんのは、どんな?」
「これよ」
言って、こちらと同じ部位が露出する。
鷹……ではなく、白鳥らしき鳥があしらわれている紋様だった。他に目立つ差異といえば、俺の方にあった雷。ヘルミオネの場合は本当に白鳥だけで、シンプルな構成となっている。
「なんで白鳥?」
「うちの祖母がゼウス様の子を身籠ってね。祖母は祖父にぞっこんだったんだけど、まあゼウス様も変身したりするもんだから、気付かないうちに、ね」
「ああ、聞いたことある。お祖母さんの名前、レダって人でしょ?」
「あら、やっぱり有名なのかしら?」
「――うん、まあ」
こっちの世界で聞いたわけじゃないんだけど。
白鳥のレダ――ゼウスが手を出した人妻の一人だ。もともと彼女は貞淑な妻だったとされるが、どうしても手に入れたいゼウスがある方法を使って籠絡する。
それが変身。レダは沐浴の際に白鳥と触れ合っていることが多く、ゼウスはその白鳥に混じったらしい。
お陰で彼女、人間でありながら卵を産むというトンデモ体験をしていたり。




