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その後も続けて、シビュラからサンドイッチをご馳走になる。彼女の方は先ほど宣言した通り、奉仕する方針を貫きっぱなしだ。
――なんだか、やられてばっかりなのも悔しいし。ここは反撃に出てやろう。
適当なサンドイッチを一つ掴むと、シビュラの方へと差し出す。
「ゆ、ユキテル様?」
「シビュラも食べないと駄目だよ。ほら」
「え、ええ? あーんしろ、ってことですか?」
「ありていに言えばね。ほら、時間は有限なんだから」
「う、うう……」
世話を焼くのは得意でも、焼かれるのは苦手らしい。耳まで真っ赤にして、座ったまま身を引いている。
こうなったら我慢勝負だ。魚を釣るように、じっと耐え忍べばいい。迂闊に攻めて本当に怒らせてしまうのは宜しくないし。
シビュラはこちらの目と、サンドイッチを交互に見つめている。どうしてもですか? と困り果てている表情はこの上なく魅力的だった。余計に悪戯したくなる。
「――はむ」
観念して、彼女は自作の軽食に噛り付く。
モグモグと口を動かす中、何度も頷いて自画自賛。未だに顔が赤いお陰で、自棄になっているように見えなくもないが。
「……楽しんでますよね、ユキテル様」
「うんうん、その調子だよシビュラ。普通に接してくれればいいんだから」
「っ、い、今のはその――」
意識にはあったらしく、彼女は完全に固まってしまった。左右に泳いでいる瞳もうろたえっぷりを示している。
……シビュラの心境は、本人が口にしているほど強固ではないんだろう。神殿の部屋に案内されてる時だって、わりと気さくに接してくれたし。
だが紛れもなく、大きな砦ではある。
不思議と挑むことに躊躇いはなかった。何様のつもりだと反論されれば終了だが――まあ一目惚れしましたってことで。シビュラほどの美少女から好意的に接されたら、誰だって有頂天にはなるもんだ。
「ぐぬぬ……は、反撃です! ユキテル様、今度は三つ一気に!」
「そ、それは物理的に難しくないかな!?」
「大丈夫です! さあ! 元々すべてユキテル様のために作ったんですから!」
「で、でも少しはペースを――」
反論空しく、二つほど一気に捻じ込まれた。
こうなった以上は抵抗できないので、時間をかけて噛んでいく。一応、肝心の胃袋はまだまだ余裕だ。
「やっぱり余裕じゃないですか。この調子で――」
「待ちなさい、そこのバカップル」
中庭の入り口から聞こえてくる、刺々しい抑揚。
二人揃って身体を捻ると、赤髪の少女が目に入る。右腕につけている腕章には、生徒会、と記されていた。
「あ、ヘルミオネさんじゃないですか。どうしてここに?」
「貴方を監視するために決まってるでしょう。青春を楽しむのは結構だけど、節度を弁えて頂戴。目立っているでしょう?」
「何か問題が?」
いかにも頭の堅そうな女子生徒へ、シビュラは平然と噛み返す。
誰なのかは聞くまでもない。アキレウスの娘・ヘルミオネだ。赤い髪と強い意志を感じさせる瞳は、まさしく父親譲りだろう。
では母親の影響はどうか。――間違いなく、一番分かりやすいところに出ている。
その美貌だ。俺やシビュラとは同い年のようだが、雰囲気はずっと大人びている。手足はスラリと伸びていて、バランスがいい。
「あのねえ、アリストテレス学園はデリケートなのよ? 少しでも風紀が乱れたら、何が起こるか分かったもんじゃないでしょう」
「え、私達のどこが乱れているんです? これぐらいは神子と預言官の間で当然だと思いますけど」
「そんなわけないでしょう。……だいたい、神級の神子が入学した場合、各地の預言官が対等に関わりを持っていい筈よ。貴方が独占するのは間違いだわ」
「なーんだ、ヘルミオネさんもユキテル様が気になってるんですね? 素直じゃないんですからー」
「ち、違うわよ! 私は本当に、貴方達が加減を知らないみたいだから注意しに来たの!」
「だったら神級の神子に対する規則を持ち出す必要はありませんよね? さすがむっつりスケベのヘルミオネさん」
「きぃぃぃいいい!」
ヘルミオネは本気で怒っているんだけど、シビュラはからかうのを止めようとしない。
俺はかやの外になって見物していた。助け船を出してやった方がいい気もするけど、触らぬ神に祟りなし、って諺もある。大人しく息を潜めていた方が得策だ。




