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「……嬉しいです。こうやって、神子様のお世話が出来て」
「そう?」
「はい。子供の頃から、ずっと夢だったんです。……他に取り柄らしいこともありませんからね。私には貴方を愛することが、唯一の存在証明なんです」
「――」
「あ、申し訳ありません、つまらない話でしたよね。ほら神子様、もう一つ、あーん」
「さすがに自分で食べるよ」
途端に不貞腐れた顔を向けられたけど、本気ってわけじゃない。直ぐに和気藹々とした空気が戻ってきた。
でもシビュラの告白は、嘘偽りのない本音だった気がする。出会って数時間程度で馴れ馴れしいかもしれないが、それを取っ払うぐらいの切実さが彼女にはあった。
自分で良ければ力になってやりたい。一瞬だけだが、俯いたシビュラの横顔は悲しげである。自分自身の在り方を、どこかで後悔しているような。
「なにか悩んでること、ある?」
「え……」
半日程度だけど、彼女がいて安心したのは事実だから。
出来る範囲で、しっかり恩を返してやりたい。
「――神子様はお優しいんですね。私なんかのために」
「そうかな? 俺は君にお世話されてるから、対等な関係でいたいと思ってるだけだよ。――多少の下心はあるかもしれないけどさ」
「まあ、女の子に嫌われてしまいますよ?」
「それはシビュラも含む?」
「ふふ、どうでしょう」
少女らしさを脱ぎ捨てて、彼女は妖艶で大人びた雰囲気を纏っていた。少しつり上がった唇も、扇情的で目を離せなくなる。
しかし同時に、仮面のようでもあった。
その証明は間を置かずにやってくる。全身から力を抜いたシビュラは、一瞬で年相応の少女へと戻っていた。
「私のことはお気遣いなく。だって貴方は神子で、私は身と心を捧げた預言官です。私が貴方様を愛するのは義務であり、悪く思う必要は無いんですよ?」
「……だったら、俺に好きになってもらう必要はないんじゃない?」
「おや、痛いところを突いてきましたね。でも私達の将来にとって、必要でもあるのではないですか? 多少好意を抱いておかないと、気持ちよく勃――」
「それ以上は言わなくていいよ!?」
「えー」
清楚キャラは嘘だったのか。いや、嘘なんだ。
多少のショックを受ける俺だったが、こんな美少女から下品な単語が出掛けたことに興奮していたりする。……明らかに変態の趣向ではなかろうか。まあ男なんて性欲の塊だし、今さらではあるが。
「でもとにかく、シビュラが俺に尽くすのは当然なんだね?」
「はい。お互いの地位と義務に従っているんですから、対等ではないでしょうか? 神子様もそう思われるでしょう?」
「いや、俺個人は違うかな」
「え……」
頷いてくれると確信していたのか、シビュラは狐につままれたように驚いている。
「対等なんだったらさ、俺にとって君は一人の人間でしょ? 神子とか預言官とか関係ない、一人の女の子だよ」
「……どういうことでしょうか? よく、分かりません」
「うん、それでいいんじゃないかな? 俺と君が一人の人間なら、言葉の受け取り方だって違うんだし。……まあ生意ではあるかもしれないから、俺の意見は参考程度にね? どう料理するかはシビュラの自由だよ」
「りょ、料理だなんて……神子様が素晴らしいことを言っているのは分かりますよ? ただ、私には簡単に受け入れられないだけです」
「――そっか」
預言官としての生活が、どれぐらい続いているのかは分からない。でもきっと、いま問答に費やした時間よりは長いだろう。
彼女の反応は必然的だ。少しでも理解を示してもらえた時点で、会ったばかりの男には十分すぎる。
「そ、その、お気持ちは有り難く受け取ります。時間さえ頂ければ、きっと良い答えを出せますから」
「……じゃあ答えを出す前に一つ、お願いしたいことがあるんだけど」
「な、何でしょう?」
「名前で呼んでくれないかな?」
神子様っていうのは、どうも慣れない。それにこの学園、神子が沢山いるんだし。
「様はつけてもいいからさ、名前の方が助かる。――せっかく知り合ったんだから、きちんと覚えてもらいたいし」
「お、お安いご用です! え、えっと、ユキテル様!」
彼女は赤面しながら、またサンドイッチを差し出してくる。生徒達の好奇心は以前より増しているけれど、断れるような空気じゃない。
男女の階段を飛ばしている罪悪感を覚えつつ、パンを頬張る。
紛れもなく、人生で一番幸せな瞬間です。




