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「知らねえか? ティフォン、って有名なヤツなんだが」
「ああ、分かります」
唯一、神王ゼウスと互角に戦った大巨人。頭は星々にすら達し、手を広げれば大地の果てまで届くんだとか。
結局はゼウスに負けてしまうんだけど、彼は神話に登場する魔獣、怪物の父親でもある。有名どころで言えば、ケルベロスやヒュドラなんかがティフォンの子供だ。
この世界では同じように、魔獣の祖として伝わっているらしい。
「ヤツら、基本は地下の大迷宮に住んでるんだよ。地上へ出てくるにしたって、もっと小物が出てくるはずなんだが……」
「調査とか、した方がいんじゃないですか?」
「だろうな。そん時は協力してくれよ? 神子がいた方が、向こうの気合も乗るだろうしな」
「お安いご用です」
しかと頷いて、俺は現場を去るアキレウスを追い掛ける。
「――?」
ふと。
誰もいない筈なのに、無数の視線を感じ取った。
―――――――――
アリストテレス学園の一日は、俺が覚えている学校生活とほとんど変わらない。
授業は六時限目まであって、四時限目で一区切りすること。異世界のため内容についていくのは大変だが、シビュラが手助けしてくれるため悲観はしていない。どうも成績優秀な生徒だそうで。
昼食には学食や売店を利用できて、問題なく学園生活を送れそうだ。故郷と共通点が多くて、異世界に来た自覚が薄れそうだけど。
「どうですか神子様!?」
そんなわけで、俺達は昼食の時間を迎えていた。
嬉々とした目で訴えてくるシビュラの膝には、大きなバスケットが乗っている。雪のように白い太ももが素晴らし――じゃない。飯だ飯。
中身はサンドイッチで、二人分にしては結構な量が詰め込まれていた。三分の二はこっちが食べなきゃいけないんじゃなかろうか? ってぐらい。
「簡単なものですが、どうぞ。各地の食材を取り揃えてますよ」
「ありがとう。……でも、大変じゃなかった? 俺が来てから作る時間なんて無かったんだし」
「昨日の段階で準備はしておきましたから、ご心配なく。あ、好き嫌いがあるんでしたら教えてください。次回からは注意しますので」
「いや、大丈夫だよ。えっと……」
どれを選んだもんか。見覚えのある食材がチラホラと映るけど、ここは異世界。未知の素材が紛れ込んでいない保証はゼロだ。
もちろん、腹が満杯になるまで食う覚悟はある。こんな可愛い子が作ってくれたんだ、むしろ平らげるのを前提としてもいいぐらい。
レタスっぽい食材が食み出ているサンドイッチから、ひとまず挑戦しようと思う。
一口。
「……」
「ど、どうですか?」
レタスです。
まあ冗談は自分の中だけにしておいて、咀嚼を続けながら俺は頷く。他に入っているのはトマト、あと肉っぽい食感も混じっていた。
思ったよりも普通で安心する。世間の常識を疑うわけじゃないが、一つぐらいは奇怪なモノが入ってると思ってた。
「……なんか、懐かしい味」
「本当ですか? それじゃあ、残りも全部食べていいですよっ! 神子様の健康を想って作ったんですから!」
「え、でもシビュラの分は――」
「私は我慢しますから平気です。さあ神子様、あーん」
親密な空気を惜しみなく演出して、シビュラは俺の口元にサンドイッチを運んでくる。もう完全に恋人同士じゃないか、これ。最高。
周りにいる生徒達も、温かい目でこちらを見守っていた。……個人的には恥ずかしくて仕方ないんだけど、シビュラは彼らの興味などどこ吹く風。
覚悟を決めて、彼女の好意に甘えることとする。




