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天啓に従って、大地を穿つ巨神の拳。
十メートルほど先にぶち込んだ一撃は、確かな手応えを感じさせてくれる。どうもこっちの感覚と繋がっているようだ。
再び仲間がやられた所為か、人狼達は狼狽している。退くべきか否か、示し合せているようにも感じた。
逃げてくれるなら結構。こちらから追い打ちする必要はあるまい。
だが、仕掛けるなら――
「左!」
ミサイルよろしく射出された拳は、木々の断裂音を響かせるだけ。
外した。身代わりになった木の幹は根本から折れ、肝心な標的はどこにもいない。
だが分かる。一体が囮となり、他の戦力をすべて投じて挟撃しようとしていると。他に伝わってくるのは決死の二文字だ。
何が人狼達を狩り立てているのか、部外者の俺にはてんで分からない。ゼウスの加護を危険視しているのかもしれないし、別の何かに追われている可能性だってある。
もちろん。
どっちにしたって、関わりのないことだが。
「っ――!」
左右から飛び掛かる、合計四体の人狼。
視界の中に現れた時点で、こちらの勝利は確定したも同然だった。
ねじ伏せる。
彼らよりも早く、百腕巨神・ヘカトンケイルの一撃を滑り込ませる。
聞こえるのは獣の嗚咽と、地面が太鼓のように打ち鳴らされる轟音。百腕の名に相応しく、雨に似た勢いで力を振るう。
残るのは静謐な空気だけ。
『はい、お疲れ様です』
それと、まるで他人事みたいに念話を送ってくるシビュラだった。
身体に残っていた緊張感を解いて、彼女の声に耳を傾ける。……勝手に去ったことへ、文句も一つでも言いたくなったりはするけど。まあ、我慢我慢。
「これで授業は終わり……かな?」
『ですね。いやー、避難しておいて正解でした。私と先生が残ってたら、ここまで神子様も暴れられなかったでしょう?』
「かもね。でもアキレウス先生とか、大丈夫そうじゃない?」
『そりゃあ先生は大英雄ですからね。でも、私は不得意なのです。――いいですか、神子様? 貴方が守ってくれないと駄目なんですよ?』
「分かりました、お姫様」
お返しに黄色い声が飛んでくるが、黙って聞き流すことにした。
そういえば動かない人狼達はどうすればいいんだろう? 結界がどうとかアキレウスは話していたが、だからって放置するのも無責任な気がする。
「お、片付いたか」
「うわっ」
背後から、ひょっこりと現れる担任教師。
「んじゃあ戻るぞ。人狼の始末は神殿騎士がすることになってるからな。……でも、コイツらが現れたことは他言無用だぜ?」
「構いませんけど、理由を聞いてもいいですか?」
「外野から余計な茶々を入れられたくねえからだよ。結界で学園近郊の森が覆われてから、人狼なんて魔獣が出てくるのは珍しいからな。上も驚いてるだろ」
「……あの、そもそも魔獣って何なんですか? 俺は、その、東から来たもので」
「ああ、知らねえのか。んー、そうだな、かつての神と悪魔が争った時の名残っつーか。魔王の肉片から生まれた、って噂の化け物だ」
「魔王?」
ギリシャ神話にそんな称号あったっけか? と怪訝な顔付きを教師に向ける。
当の本人は意外そうな顔をしていた。どうやら魔王とやらは、この世界でかなりメジャーな存在らしい。




