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歩いている間、ついついシビュラに横目を向ける。
彼女も当然ながら運動着だ。故郷の感覚で言ってしまえばジャージ。こちらは制服と異なり白一色で、汚れが目立たないか心配になってくる。
もっとも、個人的に気掛かりなのは別だった。
気を抜いたら自然と、シビュラの胸元へ視線が吸い込まれてしまう。……やっぱり登校時に実感した通り、大きい。クラスでも一番じゃないだろうか? 人気が出るのも納得である。
歩くたびに主張を繰り返す文句なしのスタイル。肩まで伸びる青みがかった黒髪も、木漏れ日を受けて光沢を放っている。
「……ふふ」
視線に気付いたらしく、彼女はまた抱き付いてきた。教師がそこにいるんですけども?
タイミングよくアキレウスが視線を向けるものの、特に注意はしてこない。シビュラはそれを好機と見て、腕の力を強くしてくる。
「――積極的だね」
「そうですか? 貴方の預言官として当然の義務かと思いますけど」
「ならいいけどさ……」
いや駄目だろ。そりゃあ美味しいのは認めるけど、最低限のメリハリは必要だ。
抜け出そうと試みるが、意外にシビュラの力が強い。諦めて幸せを味わった方が、手短な解決策になりそうだ。
お陰で彼女は満足そう。クラスメイトに見られたら嫉妬が飛び交いそうだけど。
「――っと、ストップだお二人さん」
「先生?」
「面倒な客人がいるぜ。四、五、六……全部で八体の人狼だな。ボウズに仲間がやられたから仕返しかね?」
「あの、ここ学園の敷地では……」
「気にすんな。森の外には結界が張ってあっから、他の生徒に危害が及ぶことはねえよ」
「つまりここは危険だと」
警戒心ゼロで歩いていた自分を叱りたい。
しかし人狼の姿は一匹も確認できなかった。どれだけ視線を凝らしても、隅々まで緑で覆われている。
「失礼ですけど、本当にいるんですか? 人狼」
「ああ。加護の使い方が分かりゃ、ボウズも掴めるようになるだろうぜ。――じゃ、さっそくその使い方だが」
「あ、はい」
「一回発動させてるみてぇだし、そんとき出てきたモノを想像しろ。ヘカトンケイル、って叫べばより確実に出てくるぞ」
「さ、叫ぶんですか」
冗談なのかと思いきや、アキレウスは真顔で頷いていた。
叫ぶなんて恥ずかしい。神子達が全般的に行っているんだとしても、自分の価値観はちょっとやそっとじゃ分からないものだ。くそ、もっと記憶を消しといてくれれば良かったのに。
「――うん?」
悩んでいると、知らないうちにアキレウスが消えている。シビュラの姿も同様で、完全に取り残されてしまった。
『神子様、聞こえますか?』
「し、シビュラ?」
『はい、貴方のシビュラです。いま私が持つ加護を使って念話しているのですが、違和感はありませんか?』
「テレパシーってやつ? うん、大丈夫」
『では戦闘を開始してください。既に一頭、全速力で近付いています』
「え」
忠告は意味をなさない。
聞いた直後には、頭上を巨大な影が覆っていたのだから。
「っ……!」
言葉にする暇もない。
頭の中で描くのは純然な力。闘争本能に近い何かが、身体の芯を熱くする。
一撃だった。
空中から襲い掛かる人狼を、無数の腕が容赦なく殴りつける。アキレウスさえ超える巨体の持ち主は、小石同然に吹っ飛ぶだけだ。
森が慄く。巨人の一撃をぶち込まれた人狼が、攻撃するリスクをその身に刻まれた。
それでも、囲んでくる敵意は撤退を選ばない。静寂の中に溶け込んで、徐々に包囲を狭めてくる。
「――なるほど」
アキレウスの言った通りだ。人狼達がどこに潜んでいるか、手に取るように理解できる。
研ぎ澄まされた第六感。加護の使用方法についても、同じ感覚で理解した。




