2
「神子様、無難な自己紹介で素敵でしたよ」
「それはどうも。……ところでさ、勉強道具の一切を貰ってないんだけど、どうするの?」
「一つ目は実技ですから、それが終わったら渡されると思います。あ、運動着についてはホームルームが終わり次第、先生から渡されますので」
「ってことは、刻印――加護の使い方を?」
「でしょうね。早めにお披露目しておかないと、神子様の安全が確保できませんから。加護の断片だけでも見せて、暗殺を企むような不届き者の腰を抜かしてやりましょう」
「善は急げ、ってやつだね」
個人的にも、命を狙われるような綱渡りの日々は遠慮したい。
アキレウスの話が一通り終わって、生徒達は授業の用意を進めていく。俺だけは彼に呼ばれて、持ってきていた運動着を渡される。
「男連中は教室で着替えるからな。くれぐれも女子更衣室は覗くなよ?」
「……参考までに聞きますけど、あえて実行したらどうなります?」
「女神アテナを初めとした処女神から鉄槌が下る。種無しなるとか聞いたことがあるな」
「うわあ」
肝に銘じておきます。
並んでいる机の方に振り返ると、既に女性陣の姿はなかった。残されたクラスメイトの男どもは、気さくに声をかけてくれる。
こうして。
新しい学校生活が、幕を開けたのだった。
―――――――――
短い時間ではあったが、クラスメイトとの話は盛り上がったと思う。……まあ大体が女に関する話題だったんだけど。誰が可愛いとか、どの子が彼氏募集中だとか。
特にシビュラは好評だった。が、これまで浮いた話は一つも無かったらしい。神殿務めの預言官は、専属の神子に操を立てる決まりがあるからだそうだ。
お陰で質問が絶えない絶えない。神級の神子であるため礼儀は守ってくれたが、彼らの興味は並々ならぬものがあった。
「ったく、アイツらも困ったもんだな。お前さんにちょっかい出すなって、昨日言いつけといたんだが」
舌打ち混じりに答えるのはアキレウスだ。無銘級の神子が面倒を引き起こさないか、心配でならないらしい。
事無かれ主義、とでも言うんだろうか? 神話の中で活躍する彼とはイメージが違っていて、少しばかり困惑する。
「何度も言うようで悪いが、無銘級だけは止めとけよ?」
「……そんなに危ないんですか?」
「ああ、学園から摘み出したい程度に邪魔だ。なんせ能力が低いにも関わらず崇められてきたからなあ。英雄級の神子は厳しめに教育されてっから、心配なんてねえんだが」
「……苦労しますね」
まったくだ、とアキレウスは肩を落とす。校門で見た彼と比べて、覇気なんてのは微塵もない。
勝手に疑問を深めつつ、一緒に森の中を進んでいく。学生の姿は自分と、後を追ってくるシビュラだけ。大勢いた同級生は影も形も無くなっていた。
もちろん、授業の内容は変わっていない。俺だけ特別に、人気のない場所へ移動しているだけだ。
「そんなに危ないんですか? 神級の加護って」
「制御する感覚を覚えてなけりゃあ、な。町一つを消し飛ばすことだって出来るんだぜ? 参考例が少ねえから、ボウズのまで同じとは限らんが」
「腕でしたよ? ここに来る前、偶然発動したみたいなんですけど」
「――ヘカトンケイル、ですかね」
黙って後ろについていたシビュラは、我慢の限界だとばかりに並んでくる。
ヘカトンケイル。これもやっぱり、ギリシャ神話のワードだ。無数の頭と百の腕を持つ巨人で、醜い風貌をしていたと伝えられている。お陰で地獄の底に封印されてしまったんだとか。
これを助け出したのがゼウスで、以後、ヘカトンケイルはゼウスに忠義を尽くすこととなる。神と神が激突した戦争では、決め手となる戦力だったらしい。
「神子様はゼウス様の加護をお持ちですから、召喚しても不思議はないかと。……原初神の流れを組む巨人ですから、扱いには注意してくださいね?」
「もちろん。そのためにここへ来てるんだし」
一行の足はまだ止まらない。木々の密度だって濃いままで、好き勝手動けるような場所ではなかった。




