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短編集 ファンタジー

とある竜の唄

作者: 燈夜

つたない文章ですが宜しくお願いします。出来れば後学の為に至らぬ点をご指摘ください。

 硫黄の匂いがする。鼻を突く、卵の腐った匂いだ。

所々から水蒸気が上がっている。それもゴボゴボと音を立てて。

 ここは火山。それも噴火口近くの洞穴だ。うわさに聞く、龍の巣穴だった。


 そんな中で。


 敵の気配がする。大きな、限りなく大きな生物の動く気配。金属を激しく擦り合わせ、引っ張ったような音がする。かの魔獣の、滅びの獣の声だ。

 その声は人間の原初の恐怖を呼び覚ます。否が応でもそれを感じずにはいられない。


 若者は剣の柄に手をかける。だが、本当にこんなものがあの化け物に本当に通用するのだろうか。

蝙蝠の皮膜めいた有翼の獣。爬虫類めいた鱗に覆われた巨体。それに、巨象でも一口で噛み殺しそうな巨大な顎。

 伝説の巨龍。古より生きるとされる、人間が消しては触れてはいけない大自然の化身がそこにあった。


「巣穴にいるな……動かないつもりか? それよりみんな、大丈夫か?」


 龍は巣穴から動こうとはしない。紛れも無い好機だった。若者は連れを心配する。


「ドワーフの斧は鋭い」


 三つ編みにした茶色の髭を擦りながら、角突き冑のドワーフが簡潔に答えてくれる。最初のうちはただの頑固親父だと反発もしたが、旅を重ねるうちにお互いを信頼できるようにもなった。今では若者の右腕だ。


「エルフの魔法だって捨てたものじゃないわ」


 金髪の妖精が若者の耳元で囁く。こんな時にも彼女は可憐だ。森妖精の精霊使い。彼女の魔法は若者達のたびを危険から幾度も守ってくれた。もちろん、始めはドワーフ親父のときと同じだ。彼女とも色々ともめた。だが、そんな彼女も今では若者の左腕だ。


「盗賊の腕だけが自慢と思っていたのじゃがの」

「ご挨拶ね、龍の変わりに風の精霊の愛撫をあなたが喰らってみる?」


 二人が小声で罵りあいを始めた。実にほほえましいいつもの風景。だが今はそれどころではない。


「静かに」


 若者は二人をたしなめた。


「防御魔法と武器に強化を施しましょう」


 壮年の魔法使いは言う。彼を黴の匂いのする図書館から連れ出したのは若者であり、彼女であり、髭面の彼だった。


「勝てるのか?」

「隕石をぶつけます。星界から星の欠片を召喚するのです。さすがの龍もただでは済みますまい」


 それを聞いて皆、息を飲む。隕石(メテオ)落とし。それはそうだ。既知世界でそれを使える人間など両手の指で数えるほどしかいないのだから。


「但し、時間を稼いでください。少々詠唱に時間がかかります」


 鳶色の彼の瞳が俺を射抜いた。若者は無言で頷く。皆も何も言わない。このパーティーのリーダーはその若者なのだ。


「その作戦で行こう。まずは魔法で翼を引き裂く。空戦能力を奪うんだ」


 エルフ娘が頷いた。彼女の周りに集い始める風の精霊の息吹が聞こえ始める。恐らく使う魔法は風嵐(ウインドストーム)。彼女の高い魔力は龍の蝙蝠めいた皮膜をスタズタに引き裂いてくれることだろう。


「風嵐の後、俺達は突撃する。狙うは右足だ。……ドワーフの斧は鋭いのだろう?」

「ミスリル。真の銀で作られたこの斧に不可能は無い」


 若者にはその言葉で充分だった。仲間を滅ぼされたドワーフの怒りが充分に伝わって来る。


「怒りにあまり我を忘れるなよ? 隕石(メテオ)が来る前に引くんだ」

「承知しているとも」


 ドワーフの言葉は簡潔だ。だがそれで充分だった。その言葉こそ若者の右腕に相応しい。


「では、いくわ?」


 エルフの言葉は開戦の合図。伝説の巨龍と、その死闘の幕開けだった。


 

 ◇



「風の王よ、あの巨龍の翼を引き裂いて!」


 風嵐の魔法が完成する。凄まじい竜巻が巨龍の体を包み込んだ。完全なる不意打ちだった。巨龍が苦悶の雄たけびを上げる。そして、不埒な精霊使いをその巨眼が見定めた。不埒な精霊使い、取るに足りない矮小な者がこともあろうに高貴なる自分の体に傷を負わせているのだ。巨龍にとって、見逃せるはずもない。

 緑色の鱗を煌かせ、巨龍は息を吸い込む。口の端から煙が漏れる龍の吐息。火炎の息がやがてあの小生意気な小妖精を消し炭にする事だろう。

 

 その、彼が巨大な顎を開こうとしたその時だった。


「右足だ!」

「応!」


 巨龍は戸惑った。出てきたのはこれまた地べたを這い蹲るしか能のない救い難い生き物。取るに足りない生き物が二体。それが彼の右足めがけて走りこんでくるのだ。

 巨龍は溢れかけた炎の息を飲み込む。そして、彼らの狙う右足でもって巨龍に立ち向かおうとする不遜な生き物を薙ぎ払いに出たのだ。


 巨龍にとって、それはあっけなく終わるはずだった。

 ところが若者は駆ける。あろう事か、若者は巨龍の右足に飛び乗りさらに上へ組み付いた。作戦が違う? ……そこはそれ、臨機応変と言う奴だ。若者は巨龍眼前だ、そして若者は巨龍の目を狙う。一突き。鮮血が迸る。同時に巨龍の怒りの咆哮が轟いた。目を抉られる苦痛。それは相当なものだろう。


「お前さんだけずるいぞい!」


 ドワーフは作戦通り巨龍の右足に大斧を振るう。鋼鉄よりも硬い鱗を引き裂いて、真の銀で出来た大斧は易々と巨龍の右足に食い込んでいく。ここでも赤い血が噴出していた。


「この邪龍め!」


 巨龍は怒り狂う。

 何だこの小僧どもは! 何だこの屑どもは!

 巨龍は思う。この痛み、剥がれた鱗の一枚に至るまでその恨みを千倍にして返してやる!


 人の村を襲った報い、ドワーフの村を襲った報い……その他、己の領域、生活圏を侵した報いを彼は今受けていた。最も、彼の言い分はもっと違ったものになるに違いなかったが。

 

 今度こそ焼き殺してやる。

 巨龍は誓った。喉の奥に火炎弾を用意する。体内から上って来る。じわじわと上って来る熱の塊。この感じだ。哀れなる矮小なもの共よ、俺の前に跪け!


「水の精霊よ、炎の守りを!」


 巨龍の顎が開いた。とたん、火炎が吹き荒れる。轟炎が辺りを包み込む。泡立つ硫黄の泉が一瞬のうちに干上がった。

 巨龍は思う。どうだ、これであの生意気なもの共も思い知ったに違いない。自分の偉大さをその身で浴びて滅びたのだ。彼らにとっても不満はあるまいと。確かに目の傷は痛む。翼もボロボロだ。足の傷は深い。だがそれがどうした。少し休めば元通り。そうなれば、またこの愚か者どもの村を襲えばよい。

 巨龍はほくそ笑んだ。


「引いて下さい!」


 聞き慣れぬ声がする。おかしい。敵は三体ではなかったのか? 巨龍が見上げると、そこには貧弱な男が一人いた。何をしているのだろう。誰に呼びかけているのだろう。巨龍は考える。だが、その結果は残された左の視界に移った若者とドワーフの姿が証明していた。

 何故だ! 消し炭になったはず!!

 巨龍は怒りの咆哮を挙げる。


 だが、それすらも合図だった。

 耳を劈く嫌な音が聞こえる。大気を切り裂く甲高い音。それは遥かかなたの昔、神々と呼ばれるものたちと争った頃に聞いた音に似ていた。

 信じたくはない。

 だが、信じるほかはない。

 巨龍の体を、その巨体を激震が襲った。

 巨龍は己の敗北を知る。己の体に、大穴が開いていたのだ。


 続く轟音。閃光。そして、どう、と倒れる自らの体。今、巨龍は悟る。自らの何千年に渡る生命活動が停止しようとしている事に。

 何故だ。何故なのだ。

 何故俺が……負ける? 俺は……死ぬのか? 俺が、この俺が滅びる? 冗談じゃない!!

 

 悲しげな、弱弱しい咆哮が火山を襲った。


 ──そして、静寂が訪れる。



 ◇


 酒場だ。竜退治の噂は狭い街中に瞬く間に広がった。今では若者たちは龍殺しの英雄として一躍有名人となっている。


 若者はエールの入ったジョッキをテーブルに置く。いつものペースよりは少し早い。あれだけの命のやり取りをしたのだ。普通であるほうがどうかしている。今回はたまたま巧くいっただけ。若者にはその事が充分に良くわかっていた。仲間に助けられた。何より龍が油断していた。巧く剣の当たり所が良かった。それが助かった。幸運の連続だったのだ。


「強かったな」


 それが若者の正直な感想だ。エルフ娘の的確な魔法がなければ自分やドワーフは今頃消し炭と化していたはずだ。


「敵は強いに限る。その分、酒が美味くなる」


 髭面のドワーフは真の銀の斧を脇に置き、若者同様エールを浴びるように飲んでいた。ただ、こちらは若者よりもそのペースが幾分速い。


「そうね、ドワーフにはそれがお似合いね」


 ほんのり酔った、エルフ娘の赤ら顔。相変わらず可憐だ。


「なにおう!?」


 それでもドワーフは種族の誇りにかけて生意気な森妖精に噛み付く。


「まぁまぁ」


 酒の苦手な魔術師はいつものように、頼りないリーダーの代わりに二人の仲裁に入るのだった。

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