クリスマスより大事なこと
「ふう……緊張するなあ」
幸せとは縁遠そうなアパートの一室の前で、僕は深呼吸を繰り返す。
今日は僕の初仕事。サンタクロースとしての、初めての任務だ。
「聖、あんま力入れんな。リラックスしろ。じゃなきゃ向こうも身構えちまうだろ」
「あっ、はい。わかりました、センパイ」
センパイに言われ、少し緊張がほぐれる。さすがにセンパイは慣れている。何しろトナカイ歴12年の大ベテランだ。本場フィンランドでの5年間の修行を経て、人間にも関わらず筆頭トナカイに選ばれた伝説のセンパイ。そのトナカイぶりは新人の間でも広く知られている。そんな人にソリを引いてもらえた僕は、新人の中でもとびきりラッキーだ。
「いいか、俺達の仕事はプレゼントで人を笑顔にする事だ。そこを忘れんじゃねえ。プレゼント渡して終わり、なんて押し売りまがいの事だけはすんな。きちんと贈る相手の顔を見て、話を聞いて、幸せになってもらうんだ。わかってんな?」
「もちろんです。一人一人を笑顔にしてこそのサンタ、ですよね」
「その通りだ。よし、行ってこい」
センパイに背中を押され、アパートのドアを叩く。ドキドキだ。
数秒して、ドアが開いた。中から眠そうな顔の青年が顔を出す。
「……どちら様で? 家賃は払えませんけど」
「あっ、め、メリークリスマス! 僕は新人のサンタクロースです!」
青年は少し考える素振りを見せた後、
「ああ、サンタね。ま、とりあえず上がってきなよ、狭いけど」
少し笑いながら僕を部屋に招き入れてくれた。
「もうクリスマスかね。時ってのは経つのが早いもんだねー。俺なんかまだ節分くらいの気分だったんだけど」
黒髪に少し白髪も交じっている、無精ひげの青年は、コップにポンジュ○スを注ぎながら呟く。目の下にはクマも見える。おそらくは寝てないのだろう。
「よかったら飲みなよ。苦手じゃなければさ」
「あっ、ありがとうございます。じゃあ、いただきます」
ありがたく頂戴する。少し飲んで、本題を切り出す。
「あの、それで」
「ああ、よかったら話聞いてくんない? 最近ちょっとあってさ」
こちらを遮って、青年は話し出す。これは聞かなきゃならない。笑顔になってもらうためには、出来ることは何でもしなければ。
「はい、何でしょうか?」
「聞いてくれる? ありがたい。実はさ、俺こう見えても大学生なんだけどね。友達がいない上にどの単位もピンチで、大学行って何になるのかなーって思い始めてるのよ。何だかんだ三年までは通ったしさ、そりゃ卒業まではいったほうが良いとは思うんだけど、考えてみたら俺この大学出た後になんかなりたいものとかあるのかって思ったらさ、無いわけよ。明確な人生プランも無いまま、漠然と卒業まで漕ぎつけたとしてさ、その先に幸せってあるのかな。俺は無い可能性の方が高いんじゃないかなと思うんだよ。そう思わない?」
「あっ、はい、分かります、それでなんですけど」
「それにさあ、うちの大学って、就職率は限りなく100%に近いんだけど、就職後2〜3年での離職率がけっこう高いんだよ。社会の厳しさってやつ? それに耐えられる学生を作るカリキュラムじゃないんじゃないかな。その辺しっかりしないとさあ、俺らが次の社会を作っていくんだよ? 大切にして欲しいよねえ」
「はい、そう思います。それでですね」
「それにさ」
「それでですね!」
まだまだ話そうとしている青年を遮るように大声を出す。出来ることは何でもしなければならないが、時間も押してきている。プレゼントを渡すのはこの人だけではないのだ。
少し驚いた様子の青年を見据え、本題を切り出す。
「プレゼントを、僕は渡しに来たんです。皆さんに笑顔を届けたくて」
用意していた袋から、この人が幸せになれるようなプレゼントを探す。この人は将来に不安があるようだし、なるべくその事を忘れられるような、元気の出るものが良いだろう。
よし、これだ。J-POP名曲100選。元気の出る名曲ばかりが入っている。これを聞けば、この人も大学を頑張れるだろう。
プレゼントを決め、いよいよ渡そうとした、その時。
「いやいいよ、プレゼントとか。それより話聞いてくれよ」
えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ。
そんな人、いるの!?
青年はものすごく無が伝わってくる顔で、続ける。
「プレゼントとか、いらないから。俺は愚痴聞いてもらおうと思って上がってもらっただけで。うん、まあ、大分スッキリはしたかな? まだまだ話し足りないけど、時間押してる感じ?」
「ええ……いや、はい、その通りですけど……」
「じゃーしょうがないね。お疲れ。ありがとね、なんかごめんね」
「いえそんな……は、はは…………」
外に出ると、センパイが出迎えてくれた。
「おう、どうだったセイ! ちゃんと話聞いてやったか?」
「ええ、そりゃもう……めちゃめちゃ聞きましたよ……」
「そうか! よくやったな! よし、次の人に行くぞ!」
センパイは鼻を赤く光らせながら浮遊する。
僕はあわててソリに飛び乗る。瞬間、センパイに引かれてソリが急上昇する。
「まあ初仕事、ご苦労さん! んじゃ次行くぞ、次!」
「了解です! が、がんばりますうう!」
僕らのクリスマスは、まだ終わりそうにない。