欲望まみれの魔法オリンピック代表選手
翌日。快晴。絶好の魔リンピック日和である。
大和は、アトランティス大陸に向かう船上で、船べりの柵に寄りかかって迫り来る大陸を眺めていた。
手には、先ほどアメリアから預けられたプレートを二つ握りしめている。
大和がアメリアから手渡されたのはアジア大陸だった。
大和が日本人だから、という安直な理由である。
同じく、オセアニアはシドニー。ルーマ・ニーアは、ヨーロッパ。
アメリアは、南北アメリカだった。
……つまり、全部コードネーム由来だ! 安直すぎる。
ちなみに、残ったアフリカ大陸は、『大和の持っている黒い石板がアフリカのエジプトで発掘されたから~』というよくわからない理由で、大和に預けられた。
どういうことなの……。
まぁ責任が二倍になったわけだが、大和が落ち込んでいるのはそのせいではない。
大和は、プレートをしまうと黒い石板を取り出した。なにか異音がする。
大和の口からまたため息が口から漏れた。
「なぁに、黄昏てんねん。飯食うとらんのか?」
肉だらけのバーベキューの串を両手の指の間にたくさん挟んで、シドニーがやってきた。
どこぞの奥州筆頭のような持ち方だった。レッツぱーりぃー! イエァ!
「作戦前にそんなに食えるかよ」
「腹が減っては戦は出来ぬ、ってJapanの格言やろ? 至言やと思うわ」
昨日の瀕死っぷりがウソのようである。顔色も良い。これぐらいの回復力が良くなければ、世界中の借金取りから逃げるなんて不可能だということだろうか。
「借金といえば、俺、お前の借金がこの作戦の不安要素だと思ってた」
本人に直接言い出すにしては、ぶっそうな言葉である。だが二人の間では軽口に等しい。
「はん? なんでや」
シドニーも肉をガツガツ食いながら、にやりと笑ってみせた。
「だって、大会中にプレートを刺客に売ることもできるし、プレート破壊して借金取りごと世界を沈めよう――! とか思ってそうだし」
シドニーは肩をすくめて、大和に耳打ちした。
「……ここだけの話、俺、姐御にも借金してんねん。他の借金取りがいなくなっても、姐御から逃げきれねぇなら意味がねぇ。ぶっちゃけ、姐御は五大陸が消失しても生き残れるって、昨日やけに自信満々に言うとったから……」
また姐さんの冗談は突拍子もないなぁ。と大和は笑いかけたが、ピクリと口を引きつらせた。
……いや、姐さんのことだから本当にありえるかもしれない。
「まぁ、それだったら、全ての借金を姐さんに肩代わりしてもらったほうが安全牌か」
「それに、世界が破滅しても関係なく取り立ててきそうな借金取りが……いや、まぁ作戦終われば姐御が代わりにどうにかしてくれるし、俺は安泰やけどな!」
「んなヤバイのに、姐さんを巻き込むんかい!」
「正直、ヤツに勝てるのは姐御くらいやと思ってる……」
今までに見たことのないくらい神妙な顔である。
むしろ姐さんは、この作戦の後始末の方が大変なのではないだろうか。いや、姐さんなら大丈夫だと思うが……さて。
気を取り直すように、シドニーは食べ終わった後の串をくるくると弄んだ。
「まぁ、俺の方も、お前のUFOキチっぷりが作戦ダメにすんじゃないかと思ったんやけどな」
大和はちらりと、シドニーを見上げた。
「へぇ……何でそう思った?」
「大陸破壊したときの魔力の放出は、凄まじいもんがあるやろ。お前なら大陸わざとぶっこわして、UFO召喚の魔力対価に利用しようとか考えそうやな……って」
シドニーも大和をちらりと見下ろす。
束の間見つめ合い。そして二人は笑った。
「「はははっはは!」」
実に寒々しい笑いだった。
笑いを収めて一瞬の沈黙の後、ぎこちなく大和は顔をそらした。
「おーい、チェリーボーイ。まさかお前……」
シドニーは呆れた顔で問い詰めた。
大和も気まずそうに頭を掻く。
「う……実はそれも考えてたよ。けど、だめだ。仮に召喚できても六大陸全部が沈む。俺も無事じゃすまない。リスクが高すぎる」
「はッ、お前が思いとどまってくれて嬉しいでー」
シドニーはだらしなく、柵に寄りかかってがくりとうなだれた。
「んで、案外お前が、まともな思考を持ってたことを神に感謝するわ。……神なんて居るかしらんけど」
「まぁ、お互いさまだけどな。そこんところは。……そうなると、割りと下心なくこの魔リンピックを制しようとしてるのはルーだけか……」
「んなわけないでしょう」
「「?!」」
急に割り込んできた声に、二人はビクッと肩を跳ねさせた。
ルーだ。渋い顔で二人の横に来て、同じく柵を握りしめた。一体どこから聞いていたというのか――。
「アンタたちみたいに大陸まるごと潰そうとは思ってないけど、この大会で一族が求めていたものが見つかるかもしれないし。可能性はゼロに近いとはいえ……私も下心がないとは言えないわ」
……ほぼ最初から聞いていたらしい。大和達はきまり悪そうに頬をかいた。
ルーとしても、つい聞き耳を立ていたのがバツの悪かったらしい。そうじゃなきゃ、進んで下心があるなんていうわけがなく……。
大和とシドニーもそれがわかったのか、ルーの聞き耳を咎めず、逆に軽口を叩いた。
「一族で必要なものが大会で見つかる? ええ~? どんな望みも叶う大会後の報酬を、『アメリアさんの血肉が欲しいです!』って私欲満々なこというとった奴が~?」
「明日は空から槍だな」
「もう! そんなわけないでしょ!」
顔を赤くして叫ぶルーに対して、大和とシドニーはニヤニヤ笑った。
「はぁ、まったく。……まぁいいわ。今じゃ、アメリアさんの血肉が欲しいのは一族の総意だもの。どのみち大して変わらないし」
「「は?!」」
「本当に好きな人だから、傷つけたくないんだけどね……。私もアメリアさんの血肉が欲しいけど、あの人が嫌がるんなら我慢できるわ。でも一族の総意には逆らえないし、ほんと度し難い……」
柵の手すりに肘をついて遠くを見つめるルー。
大和達は、衝撃発言に泡を食った。奥様の井戸端会議のように、顔を寄せてナイショ話をした。
――確か、ルーの一族は好きな人同士で血を交わす風習がある。ルーにとってその相手は、アメリアだったはず。なのにその血を一族が欲しがっている……?
本来、恋人同士での交わす血を、一族皆が欲しがるなんて、つまり……一族内で姐さんの争奪戦が!
(聞きまして、奥さん?! これ姐さんがルー一族の酒池肉林の犠牲者にってことじゃ……!)
(シロガネーゼ、先走ってはアカン! ルーはこの魔リンピックで、一族が欲しいもの――つまり姐御――の代わりが見つかるかもしれんと言うとるんや! つまり……、ルーの目的は、姐御の身代わりに一族に捧げる、酒池肉林犠牲者のハント……!)
((ひえええ~!!!))
二人は震え上がった。
「聞こえてるわよ! まぁ、間違っちゃいないのがタチが悪いんだけどね……。あんな素晴らしい体の人は、世界中どこを探しても見つからなかったのよ」
二人は言葉も出なかった。え?
…………えッ?!?!!!
硬直する二人を置いて、ルーは「そろそろ着くってよ」とそっけなく言ってスタスタ戻っていった。