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レルネーヨ戦記  作者:
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第五章

 それからしばらく、霞のこととか人型風船のことを旬は忘れていた。だってあれは子どもっぽい夢だったのだから。それにしてもやけに現実っぽい夢だったような気もする。

その日の理科の授業は理科実験室で実験をすることになっていた。だから授業がはじまるまでに理科実験室に移動しておいてください、と星月先生に言われている。

旬はこういう移動授業が嫌いだ。だって、いちいち移動するのがめんどうくさいし、落ち着かなくなる。どんなにつまらない授業でもいいから、住み慣れたこの教室でのんびりしたかった。前にそう直人に言うと「ジジくさい奴だな」と言われた。

そんなふうにちょっとものうげな旬に直人が声をかけてきた。もう次の授業のチャイムが鳴っているので早く行かなくちゃいけないのに。

「旬さ、ちょっと実験室に行く前に四年二組を見ていかない?」

「四年二組?なんでさ?」

つくづく思うけど、四年二組には何か縁がある。

「そのクラスって学級崩壊が起こっているんだって。授業になっても、誰も机に座らなくて大騒ぎしているんだってさ。」

旬は理科の教科書とノートをそろえて直人の顔をじっと見た。

「それって見て楽しいの?」

「うーん、楽しいってことじゃないけど…」

直人が頭のわきを手でおさえる。

「ちょっと見てみたくない?」

まあ、いっか。つきあってやろう

「いいよ。」

二人は授業が始まっていたけれど、四年二組の教室の前を通ってみることにした。階段を降りると真向かいが四年二組である。

 しかし特に変わった様子はない。後ろの扉が少し空いていたので、そこから見ても普通の教室だった。みんなちゃんと席に座り、算数の授業を熱心にきいている。

「普通じゃん。」

「学級崩壊、起こっていないね。」

直人は残念そうに言った。

 ふと旬は霞と人型風船のことを思い出した。もしかしたらあれが原因で学級崩壊がなくなったんじゃないだろうか?でもそんなことって本当にあるのだろうか?

 そして、あの「へのへのもへじ」が書かれた机に座っている児童を見た。スポーツ刈りの運動神経の良さそうなやつだった。見覚えがある。確かサッカーのユースチームに入っていたような気がする。顔も良くて、五年生の女子にも人気がある。

 その時、肩をたたかれた。振りかえると教頭先生がいた。ひげの教頭先生だ。

「こんなところで何しているんだい?」

笑顔でそんなことを聞いてきた。直人が言った。

「あ、あの学級崩壊が起こっているって聞いたんで見にきたんです。でも何も起こってなくて安心しました。」

バカ、と旬はひじで直人をこづいた。

「そうか。」

と教頭先生はうなずいた。

「四年二組は一週間前まで学級崩壊があったんだけど、今ではみんな大人しくなったみたいなんだ。四年生になってみんな大人になったんだね。」

旬は気づいた。一週間前って、霞とあったときとだいたい同じじゃないか。

「ところで、君達、授業は?」

教頭先生にそう言われて旬と直人は「すみませーん」と言って実験室に走って向かった。教頭が笑いながら言う。

「こら、廊下は走っちゃいかんぞ。」


 実験室につくと、実験の準備はほとんど終わっていて、みんな着席していた。そんな中で実験室に入るのは気まずかった。当然、二人は担任の星月先生に

「なんで遅れたの?」

と怒られた。

 全ての授業が終わって家に帰る。食卓でなにかものうげな顔をしている旬を見てお母さんが聞く。

「どうしたの?悩みでもあるの?」

「うーん、四年二組で学級崩壊があったんだって。良く知らないけど」

お母さんが旬の前に座った。

「学級崩壊?そういえばそんなことを星月先生が言ってたわね。」

「でね、今は解決したらしいよ。」

「ふーん。」

あまり関心がなさそうだ。

「でね、それって僕が解決したんだよ。」

お母さんはまゆをしかめた。

「まさか。」

お母さんは疑いの目で旬を見た。

「本当だよ。」

「じゃあ、どうやって解決したの?」

「それは、言えないけど。」

「解決したんだっていうなら、世の中の小学生のさらなる発展のために、その解決法を知らせるべきよ。」

お母さんはこういうときだけ正論を言う。

「うーん、言えないんだ。」

「じゃあ、ウソなんでしょ。」

「ウソじゃないんだけど…」

お母さんはもう聞くのがいやみたいで、話をさえぎった。

「くだらないこと考えてないで、早く宿題しちゃいなさい。」

お母さんの宿題は伝家の宝刀だ。


 ある日の昼休みに、二階の廊下でサッカーのユースチームに入っているという四年生と会った。机に「へのへのもへじ」が書かれている男の子だ。旬はせっかくの機会だからたずねてみることにした。

「おっす。」

と旬は声をかけた。いきなり背の高いお兄さんに声をかけられて、その子は驚いたようだった。

「あ、こんにちは。」

とその子はとりあえずあいさつをした。だいぶ警戒している。そりゃそうだ。

「君さ、先週何かあった?」

その子はじっと旬の顔を見た。

「え、何かって?」

そうだ、初対面の人にいきなり個人的な事情を話すやつなんていない。

「何でもいいんだ。君のクラスで学級崩壊がなくなったっていうから、その理由を知りたくてさ。」

その子はじっと旬の顔を見て黙っている。旬はあきらめて去ろうとした。

「ごめんね、変なことを聞いて。」

「やめたんです。」

その子に背中を向けるとその子が突然話し出した。旬は振りかえる。

「先週、ユースチームをやめたんです。自分、実力なくて、練習についていけなかったから。今はクラブチームでサッカーしてます。そしたら楽しくなって。なんか先生に反抗するのがばからしくなったんです。」

真剣な目をしていた。

「あ、そうなんだ。ありがとう。」

男の子は走ってどっかに行った。その背中を見て旬は、少し残念に思った。なんだ、霞と自分が学級崩壊を解決したんじゃなくて、四年二組の人たちが自分で解決したんじゃないか。

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