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レルネーヨ戦記  作者:
14/15

第十三章

 大会が終わり、運営委員会は校舎の後片付けをした。と言っても六年生が使った教室は六年生が片付けてくれたので、運営委員会がする片付けは廊下などに残されたゴミを掃除することだけだ。

それには今まで参加していなかった六年生も参加した。赤い舌の女の子も参加した。けれど今日、旬にスガル札を取るように頼んだ六年一組の男子は参加しなかった。同じ組の女子の話によれば塾があるから休んだのだという。旬は彼がむしろ来ないでくれてほっとした。彼と会ったときにどういう顔をすれば良いのかわからなかったからだ。そんな心の余裕は今の旬には無い。

なにしろ、ずっと旬は大会が終わるまで星月先生のトランクの中身について考えていたのだ。トランクからはみでていた見覚えのある髪の毛の色。すぐにトランクは戸棚にしまったけれど、やっぱりあのトランクを開けることができないのがもどかしい。中を見てみたい。あの中には何が入っているんだ?そして星月先生は何を隠しているんだ?

掃除はけっこう長引いて、下校時間になった。運営委員会は解散し、旬は自分のクラスに忘れた読みかけの本を取りに行ってから、昇降口に向かった。

やはり、旬の思ったとおり、昇降口前の階段に灰色の髪の女の子が座っていた。旬の足音にその子が灰色の髪をなびかせて振りかえる。

「旬、今日はRPG大会だったの?」

どぎまぎしながら旬は答えた。

「そうだよ。でもそれってスガル小だけの行事なのに、よく知っているね。」

「うん、私もやったことあるから。」

旬はそれを聞いて、どきりとした。

「どうして?」

霞はちょっと左上を向いてから答えた。

「わからない。でも記憶はあるの。」

旬は言った。

「そう。あの、霞に見せたいものがあるんだけど、ちょっと来てくれないかな?走る前にちょっとだけ。」

それを聞いて霞は少し考えたあと、

「うん。」

とうなずいた。

 霞は旬に導かれるままに階段を登って五年二組の教室に入った。

「ここって旬の教室だよね?」

「そうだよ。」

そう答えながら旬は先生用の机の後ろの棚をあけてトランクを引きずりだした。霞が作業をしている旬に質問をする。

「たしか、旬の担任の先生の名前って星月先生だっけ?」

「そうだよ。」

旬はトランクからはみだしているそれを見つけた。

「霞、これを見てよ。」

霞は旬が指差したものをかがんでのぞきこんだ。

「何これ?糸?」

「違う。たぶん髪の毛。」

「髪の毛?」

霞が指でその灰色の髪の毛をさする。霞の髪の色と同じ色の髪の毛。霞は旬の顔を見る。

「これがどうしたって言うの?」

「僕はこのトランクに何が入っているのか見たいんだ。でも鍵は開かない。どうしたらいいと思う?」

霞はそれを聞いてくすくすと笑った。

「そんなの簡単じゃん。」

旬は笑う霞の顔を見る。

「どうやるの?」

「レルネーヨ世界に行けば、いいの。そこで開かない鍵は無いんだよ。」

いたずらっぽく、霞は言った。


 二人は昇降口に戻った。そしていつものコースを走り出す。今度は手と手をつないで、走り出した。旬の右手と霞の左手がつながる。霞の手は少し冷たかった。どちらが先でもなく、どちらが後でもなく、一緒に並んで走る二人。階段を昇る時は外側にいる人が一段ぬかしで昇り、内側にいる人は小またで昇る。そして一階から二階へ。二階からまた階段を昇って三階へ。五年生と六年生の前の長い廊下を走りぬける。

 そしていつもの六年一組の前の廊下で止まる。暗転する世界。そして旬はレルネーヨ世界にたどり着いた。窓ガラスはいつものように黒く塗られ、パッパッパと蛍光灯が点灯する。いつもと同じ世界。でも旬は右手が何もつかんでいないことに気づいた。からっぽの右手。そこに霞がいない。

「霞!」

呼んでも誰もいなかった。

「霞っ!」

もっと大きな声で呼んでも誰も答えない。するとポンポンと後ろから肩をたたかれた。

「なんだよ、いるなら…」

旬が振り返り、そこまで言いかけた。でもそこから先は言えなかった。なぜならそこにいたのは霞じゃなくて『校長』だったからだ。

「やあ、君。」

「ど、どうもです、『校長』。」

そう言うとあごと鼻と目のとがった校長は顔をくちゃくちゃにさせて笑った。そして校長は

「聞きたいことがあるんだろ。」

と言って、するどい目をますます細くさせて旬のことを見た。

「はい、あの、あります。霞はどこに行ったんですか?」

『校長』はますます目を細めた。

「あの女の子の名前は霞というのか。なるほど、霞ちゃんはこのレルネーヨ世界から追い出した。」

「誰が?」

「私が。」

そう言うと『校長』は胸をそらした。

「何のために?」

「おまえの目的を果たさせるために。」

「目的?」

「そうだ、おまえは今から五年二組へ行ってトランクの中身を調べるんだろ?」

そう言うと『校長』は汚らしい爪を旬に突き立てた。旬は指をさされて嫌な気持ちになった。

「は、はい。」

「だったら霞ちゃんはジャマになる。あの子がいると目的はかなわない。」

「そんな、ジャマだなんて。」

「ジャマは、ジャマだからしかたない。とりあえずおまえは自分の目的を果たしに行って来い。必ず成功する。」

そう『校長』に言われた旬はわけの分からないまま、言われたように一人で五年二組に向かって歩き出した。振り返るとやっぱり『校長』はいなかった。

 五年二組に入り、蛍光灯をつける。今日、トランクを見たのは実に三回目だ。そしてこれまた三回目だけど、トランクを戸棚から引き出そうとする。

「あれ。」

トランクはびくりとも動かなかった。トランクがいつもより重くなっていたのだ。まだ異変はある。トランクから灰色の髪の毛なんてはみ出ていなかった。出ていたのは黒色の髪の毛だったのだ。旬の心臓の鼓動はだんだんと早鐘をうつ。もう心臓の壁が耐えられそうになくなった時、旬は全身の力を使ってトランクを引き出した。そしてその引き出されたはずみでトランクのふたが開いた。

「あっ。」

思わず旬は叫んでしまった。

 トランクの中に黒い髪の女の子が足を折って仔猫のように体をかがめて入っていたのだ。女の子のほっぺたは真っ赤だった。そしてその女の子はどことなく霞に似ていた。いや、彼女は絶対に霞だった。霞がここにいるのだ。星月先生のトランクの中に。

 でも、なぜだ?なぜ霞がこんなところにいるのだ。眠っているのか?それとも死んでいるのか?旬は霞のほっぺたに触ってみた。ほっぺたはその色に見合ったように温かかった。

「生きている。」

そう思うと旬は霞の肩をゆすった。

「おい、起きろ。おい、霞、起きろ。」

でも霞は起き上がらなかった。ゆすられてもただ首をぶらぶらとさせているだけだった。まるで永遠の深い眠りについているようだった。

「とうとう、君は彼女と出会ってしまいましたね。」

旬の背後にある机の上に『校長』が立っていた。旬は叫んだ。

「『校長』、なんでこんなところに霞がいるんだ?追い出したんじゃないのか?それに、なんで霞は起きないんだ?」

泣きそうになった旬はそう『校長』に尋ねた。それを聞いて『校長』は口だけで笑った。

「まず最初に言っておこう。君が今まで会っていた霞ちゃん、あれは実は『転校生』なんだよ。」

『校長』はそれだけを言った。旬は驚いた。

「この霞が?」

それを聞くと『校長』はゆっくりと、そして視線は旬から動かさずに首を横に振った。

「違う。灰色の髪の霞ちゃんが『転校生』なんだ。」

「まさか、そんな…。」

「本当だ。」

「じゃあ、この霞は何なのさ?」

「トランクの中の黒い髪の霞ちゃんは本物だ。レルネーヨ世界だからそういう形をとっているだけだ。まあ現実じゃあ、ただの骨なんだけどね。」

「骨だって?」

腹の奥底から恐怖がわきおこる。

「そうだ。骨だ。現実の霞ちゃんは骨だ。つまり死んでいる。」

それを聞いて旬は思わず、耳をおさえた。

「やめてくれ、それから先はやめてくれ。」

しかし『校長』は冷たく笑って言葉をつなげた。

「そして君が今まで一緒にレルネーヨ世界に来ていた霞ちゃん、あの子こそが『転校生』なんだよ。」

「そんなはずはない。」

意地悪そうに『校長』は否定する。

「いや、あの子は『転校生』だ。そして良い事を教えてやろう。」

旬は今にもなぐりかかりそうになって身を前のめりにする。

「今までのどの『転校生』にも退治する方法があった。普通の『転校生』の場合はただ倒せば良かったんだけど、この霞ちゃんの『転校生』はちょっと例外なんだ。退治の仕方は簡単。そのトランクをかっぽり開けてしまうことさ。」

ぐわあん、と頭を鈍器でたたかれたようになった。

「そんな…。」

「だから、君は私が引き止めておいた霞ちゃんの『転校生』を退治しちまったんだ。そのトランクを開けたことでな。残酷だね。今まで仲良しこよしで走っていた女の子を退治しちゃうなんてさ。」

そう言うと『校長』は大笑いした。

カッとなった旬は『校長』に殴りかかった。けれど校長はひょいっと後ろの机に飛んでそれをかわしてしまった。旬はその勢いでつんのめり、机と椅子とともに倒れこんだ。

「ちくしょう。」

旬はみじめに床にへばりついた。

「そのくらい元気なら、まだ走れるな。」

『校長』は気味の悪い声でそう言った。

「その霞ちゃんを背負って、逆のコースを通って現実に帰るんだ。そうすれば霞ちゃんは生き返る。そういう仕組みだ。それが『転校生』の霞ちゃんへの最大のとむらいになるだろう。」

床にへばりついた旬はパッと顔をあげると、何かにすがるように『校長』の方を見た。

「それは本当か?」

「本当だもの。私は、ウソは言わないさ。」

「信じるぞ。」

「信じろって。言うべきことは言った。実行するかはおまえ次第だ。まあ、絶対にやった方がいいと思うけどね。じゃあ、私はもう行くぞ。」

「待って。」

そんな旬の声に『校長』は振り返った。

「何だ?まだ質問でもあるのか?」

「霞は、なんで死んじゃったの?」

『校長』は薄気味悪く笑う。

「くわしいことは分からない。しかし、たぶん、霞ちゃんが死んだことと、このクラスの担任の先生である星月春香がなんらかの形で関係していることは確かだ。」

そう言うと『校長』は去っていった。星月春香。ずっと星月先生と呼んでいたのでわからなかったけれど、そうだ。星月先生の下の名前は春香だった。

 旬はトランクから黒髪の霞を取り出した。そして背中に背負った。その霞にはまだ女の子の体温があった。

 六年一組の教室の前から霞を背負って走る。六年生の教室に五年生の教室、階段をゆっくり降りて四年生の前から三年生に二年生。そしてまた階段を踏み外さないように降りて校長室から職員室、そして一年生の前を通って、昇降口にたどりついた。旬の意識が飛んだ。

 目覚めると予感の通りにクマゴンのひげだらけの顔があった。

「また、木村はこんなところで。」

「はあ、すいません。」

体を起こして、旬はとりあえず謝った。

「ところで、」

とクマゴンが言う。

「この女の子は誰だ?」

クマゴンの指の先には霞が寝っ転がっていた。その霞は美しく、そして長い黒髪をしていた。

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