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レルネーヨ戦記  作者:
12/15

第十一章

 五年二組、旬の席に座っている黒い肌と黒い顔をした男の子がじろりとこちらを見た。白目だけが異様に白く、ぼおっと浮んでいる。

「旬。」

霞が言った。しかし、その声は隣にいる友人に呼びかけたものではなかった。その黒い男の子に呼びかけたものだった。

 そうだ。その黒い顔をした男の子は肌が黒いことをのぞけば旬とまったく同じ顔をしていた。

 旬はその黒い旬と目があった。心臓がばくばくと激しく動いている。

「あれって、僕なの?」

黒い旬は立ち上がった。机の引き出しをあけて盾のようなものを取り出した。そして机の左から剣のようなものをとりだした。

 そして黒い旬は剣を右手に持ち、盾を左手に持って、ゆっくりと構えると霞と本物の旬の方を見た。旬にはその剣と盾に見覚えがあった。でもそれが何なのかは思い出せない。

 黒い旬は剣と盾を持って教室の扉、旬と霞がいるほうに近寄ってきた。表情はほとんど変わらない。でも顔は旬とまったく同じ。旬はなぜ自分の姿をした『転校生』がいるのかさっぱり理解できなかった。

「とりあえず逃げた方が良さそう。」

霞はそう言って扉から離れた。すると黒い旬は剣を持って扉に向かって飛びかかってきた。ものすごい跳躍力だ。旬はほうきで黒い旬が振り下ろした剣をおさえた。剣を受けたのでほうきは切れてしまう、と思ったけれど切れなかった。しかし、それにしても、ものすごい力だ。旬はぐいぐいと押されていく。

 黒い旬は盾で旬を押さえ込もうとする。旬は必死でちりとりでそれをはねかえそうとする。そのとき、旬ははっきりと盾に描かれた紋章を見た。それにはスガル小学校の校章が描かれていた。その時、旬はその盾について思い出した。剣の形に見覚えがあったわけも思い出した。それらはカスミの剣とカスミの盾だった。運営委員会で作った、校内RPG大会用の旬のアイテムだった。

「実体化している?」

旬はひるんだ。その旬の一瞬の心のすきを見てとった霞が横から助太刀した。黒い旬が、とびはねてそれを避ける。そのすきに旬は逃げた。霞も逃げた。

「六年一組へ。」

その霞の言葉を追って旬は逃げた。黒い旬はその後を歩いて追う。落ち着いて、トン、トンとゆっくりと足音を刻みながら。

 霞と旬は六年一組の前の廊下、行き止まりで追い詰められた。階段をのぼらなかったのは背中を見せると危ないと思ったからだ。でも、考えてみれば追い詰められた方がはるかに危ない。黒い旬はゆっくり歩いて近づいて来る。余裕のあらわれだ。

「で、どうするの?」

旬は霞に聞く。

「このまま、逆のコースを戻って現実に戻ろう。この旬、いや『転校生』は強すぎるから、退治できないかもしれない。」

「わかった。」

旬はそれに賛成した。退治できないから、黒い旬が強いから、だけが理由ではない。自分自身を退治して、その後で現実に戻った時の自分の変化が恐かったからだ。

 黒い旬が六年二組の前から六年一組の前に移った。霞が

「ヨーイ、」

と合図をし、旬が

「ドン。」

と言う。二人は走り出した。旬は黒い旬の左側を、霞は黒い旬の右側を目指して。二人は黒い旬の両脇を同時に通り抜けようとした。


黒い旬はそれを見て、少し驚いたようだったけれど、落ち着いてカスミの剣を、横にないだ。ゆっくりと、でも力強く、ねらって。

ドスッ

と鈍い音がした。旬は自分がやられた、と思って腹をさすった。けれど、どこも痛くない。振り返ると黒い旬の向こう側で霞が倒れていた。腹を痛そうにおさえている。自分と同じ形をした人が霞を痛めつけていることが信じられなかった。思わず

「霞っ!」

と旬はほうきを振り上げた。しかし、黒い旬はカスミの剣を旬に向かって突き出した。あわてて旬はほうきから手を離し、ちりとりでその突きを受けた。ほうきが廊下に落ちて、ちりとりから火花が散る。ものすごい衝撃だ。手がしびれる。

 黒い旬はもう一度、カスミの剣を大きく振るった。旬がその遠心力と打撃力をちりとりで受けとめると、旬の体がふわりと浮いた。そして次の瞬間には旬は六年二組の扉にたたきつけられた。自分のくせに、なんて力だ。

 旬は六年二組の扉の前にへたれこんだ。黒い旬がもう一度、カスミの剣を振ろうとしている。

(もう、ダメだ。)

そう思って、旬は痛みにたえるために目を閉じた。しかし剣はこなかった。目をあけると目の前の階段を黒い旬が駆け下りていた。

 そして旬の左側には霞が倒れていた。右側を見ると、背広を着た黄色い無気味な顔の男、通称『校長』が立っていた。手にはパチンコを持っている。『校長』はそのとがった顔をしわくちゃに笑わせながら旬のことを見た。

「君、あぶなかったな。」

「あ、はい。どうもありがとうございました。」

何がなんだかわからないけれど、どうやらこの『校長』が助けられたらしいので一応、お礼を言った。

「礼には及ばない。しかし君もとんでもないものを出してくれた。君と全く同じすがた、形をした『転校生』とはね。さすがの私も驚いてしまったよ。」

そう言うと『校長』はパチンコをポケットにしまった。

「はぁ。」

「しかし、君。あれは何だと思う?あの君とまったく同じ形をしているけれど黒いあれは君のなんだと思う。」

『校長』は目を大きく見開いて旬を見つめた。旬はまるで解剖されているフナのような気分になった。『校長』の全てを見透かしたような目が恐かった。すべてを知り、すべてを操ることができるこの『校長』が恐ろしい。

「わかりません。」

旬にはそう答えることしかできない。

「そうだろうな、そう答えるだろうと思っていた。」

『校長』はそう言いながらつるりとした黄色い頭をかいている。

「あれはな、君の中の怪物だ。」

「僕の中の怪物、ですか?」

「そうだ。あれは君の心の中の怪物だ。それもまだ小さな、幼い怪物だ。そのうち君がおさえられないくらいにまで成長することだろう。しかし、小さくてもあれは怪物だ。」

『校長』は笑っている。

「そして君自身が成長すれば、やがてその怪物をおさえることができるようになる。」

「何を言っているのかわかりません。」

「今はわからないだろう。でもいつかわかるようになる。誰もが心の中に飼っている怪物だからな。人間の人生はいつもその怪物との戦いにあけくれる。そして戦い疲れたその後で死が訪れるだろう。その死の瞬間までに、その怪物に勝つことができたか、それとも怪物が人間に勝利をおさめるかで、その人間の価値が決まるんだ。」

「『校長』もその怪物とかと戦っているんですか?」

それを聞くと『校長』はカッカッカッカッと大笑いをした。みにくく顔をゆがませて笑った。

「ここはレルネーヨ世界だぞ。私はその怪物そのものだ。あの黒い君と同じ素材でできている。」

「同じ素材?」

「そう、素材は心だ。」

そう言うと、黄色い『校長』は五年生の方に歩いていった。

「う、うう」

霞の声がする。振り向くと霞が起き上がろうとしていた。旬は立ち上がり、霞のところに寄って霞を抱きおこす。

「いたた。」

「大丈夫?」

「うん。でも、ひどい。女の子をぶつなんて。旬、あの『転校生』は、どうしたの?」

「ああ、あいつなら『校長』が追い払ってくれたよ。たぶん下の階にいると思う。」

「そう。」

「ほら。まだ校長がいるはず…。」

と旬は五年生の教室の方を見た。しかし『校長』はどこにも見えなかった。

 霞は不思議そうに旬の顔を見た。

「いないよ、『校長』。」

「いままでいたんだけどね。」

ほんとうに『校長』は神出鬼没だった。

「でも、まだ『転校生』がこの学校にいるってことね。旬、どうするの?ちがうか。旬、あなたはどうしたいの?」

「正直、このまま現実に戻りたい。」

そんな旬の言葉を聞いて霞もうなずいた。

「でも、『校長』の話を聞いて戦わなきゃいけないと思った。」

霞は旬の顔を見つめる。その目には明らかに疑問の心がこめられていた。

「なんで?」

「これは、たぶん、自分の問題だから。」

そう言う旬に、霞は少しあきれたように言った。

「男の子ってバカね。」

「バカだよ。」

「ならいいわ。戦おう、一緒に。」

そう言って霞は微笑んだ。

「うん。でも、あれはもう一人の僕だ。だから僕が退治したい。」

「うん。」

霞はうなずいた。それは旬の勇気になった。灰色の髪の女の子と普通の男の子は、黒い『転校生』を退治するための作戦を考えた。


 なんとなく、旬には黒い旬の居場所がわかっていた。その理由はわからない。でもはっきりと居場所がわかっている。

 霞は旬に言われるままに、一階のいつも走り始める昇降口に向かって職員室の方から歩いていった。すると、今日霞が座っていた、下から二段目の段に黒い旬が腰かけていた。よく見るとおでこを怪我している。

 黒い旬は霞のすがたを認めると、剣と盾を持って立ち上がった。霞は立ち止まって両手を後ろに組んでいる。

 黒い旬が霞に歩み寄る。霞は後ろに組んだ手を前に出した。その手には赤い宝玉が握られていた。

 その赤い宝玉は、四年生の運営委員の男の子が、旬の作ったカスミの剣と盾とのバランスをとるために作ったアイテムだった。名前はそのまま、炎の玉だ。

 霞が出した炎の玉を見ても気にせず、黒い旬は剣を霞めがけてふるった。たぶん黒い旬は知らないのだろう。炎の玉を前にしてはカスミの剣もカスミの盾もその威力を失う、ということを。

 黒い旬は大きく空振りをした。そして刀身がなくなっているのを見て、黒い顔をゆがませて驚いている。左手の盾も消えていた。黒い旬は刀身のなくなったカスミの剣の柄を投げ捨てて家庭科教室の方へ逃げ出した。それを霞が追いかける。

 和室の角を曲がったところで黒い旬の足が止まった。そこにはすでに旬が築き上げた机と椅子のバリケードがあったのだ。後ろからせまる霞。黒い旬は逃げ場を失い。たまたま扉が開いていた和室に滑り込んだ。

 少し薄暗い和室。床の間の方を見ると、そこには旬が正座しいて、自分と瓜二つの黒い旬を見つめている。落ち着いていて、なんらとまどいもなく。そんな旬とは逆にカスミの剣と盾を失って落ち着きを失っていた黒い旬は、素手で旬にとびかかった。旬は右手を握りしめ、高々とあげると、そのまま下に打ち降ろして畳のへりをたたいた。和室じゅうの畳がひっくり返り、黒い旬は倒れこんで畳と畳の間にはさまった。

 それを見ると旬は床の間にあった刀をとって、刀身をさやから抜いた。もちろん模造刀である。しかし旬はそれを黒い自分自身に打ち付けた。

「ぐああああ。」

と叫び声をあげて、黒い旬は畳と畳の間でのたうちまわった。そして黒い旬は動かなくなった。

パチ、パチ、パチ

 後ろで拍手が聞こえた。『校長』か?と思って旬が振り返ってもそこには誰もいなかった。でも、たぶん『校長』だろう。和室のもう一つの扉をあけて、『校長』ではなく霞が入ってきた。

「やったね。」

「うん、やった。」

黒い旬の方を見ると、もうそこに人の形はなかった。ただの黒い粉が廊下に吹く風にぱらぱらと畳の上で散っているだけだった。霞と本物の旬の二人は六年一組へと向かった。


『校長』の言う通り、あの黒い旬が旬の心の中に住む怪物だとしたら、これからの旬は何が変わるのだろう。あるいはまた別の怪物が新しく旬の心の中に住みはじめるのだろうか?

そんなことを思いながら、旬は霞と手をつないで、校舎の中を走っていた。

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