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レルネーヨ戦記  作者:
10/15

第九章

 旬は図書館に入った。それをおいかけて肉のかたまりも青い血を流しながら、はって近づいてきている。霞は図書室の一番奥にいる。旬は霞のいる方を目指した。その後を肉のかたまりが図書館の扉を破壊して追いすがる。

 そして肉のかたまりは図書館の机や椅子を倒して中に入ってきた。そして旬を追いかけて本棚と本棚の間に入った。そこで霞が手に持ったロープを、くいと引っ張った。すると大きな本棚がみんな肉のかたまりめがけて倒れこんだ。いくつもの本棚が肉のかたまりの方に傾いて本が散乱する。

肉のかたまりは本棚の下敷きになってぴくぴくとけいれんした後で動きを止めた。どうやら退治したらしい。

「や、やったね。」

霞は後味が悪そうに言う。旬も

「そうだね。」

と何か気にしていることがあるように答えた。

 そのときだ。

 パチ、パチ、パチ。

と拍手が三回だけ聞こえてきた。旬と霞がお互いを見る。二人とも手は叩いていない。本棚に下敷きになった肉のかたまりを見た。こいつに乾いた手なんてあろうはずがない。

 周りを見渡すと、倒れていない本棚の上に黒い背広をはおった男がいた。黄色い肌をしている男だった。頭には髪の毛が一本も生えていなくて黄色い。そして恐ろしく背が低い。背広の胸ポケットには「Y」字形のパチンコが入ってゴムがたれていた。その男は旬と霞と目が合うと

「よくやりましたね。お見事です。」

としわがれた声で霞と旬とをほめた。このレルネーヨ世界には旬と霞以外の人間はいないんじゃなかったのか?前にそんなことを言っていた霞の顔を確認した後で

「誰だ?」

と旬は男に聞く。霞はただ呆然とその黄色い男を見ている。黄色い男はとがった鼻とするどい切れ長の目をしている。あごも、しゃくれてとがっている。無気味な顔だ。旬の質問にその黄色い男は答えた。

「私か?私はこのレルネーヨ世界の主、すなわちこの学校の裏の校長だ。まあこのレルネーヨ世界では単に『校長』と呼べばいいだろう。」

「『校長』だって?」

この黄色い、小さな男が?

「そのとおり。この秩序もきまりもない。君とその女の子だけの世界の支配者が私だ。」

旬は霞を見る。

「知っていたか?」

霞はその旬の問いを聞いているのか、いないのか何も反応しない。旬の問いかけに何も答えなかった。ただ呆然とその『校長』をながめている。目はどことなくうつろだ。旬は不安になった。

「そこの女の子、君の名前は忘れてしまったけれど、前に会ったのを覚えているか?」

旬は霞の顔をじっと見る。しかし霞はそれを否定するかのように首を横に振った。そして冷たく、少し強い口調で返した。

「知らないわ。」

それを聞いて『校長』は不服そうに首をかしげ、口をひしゃげた。

「そうか。まあ、いいだろう。おっと、気をつけろ。その肉のかたまり、まだ起きているぞ。」

と『校長』が指を指した方を見ると、本棚の下の肉のかたまりがかすかに動いている。そして、突然あの

「えええええええええええええええええ」

という叫び声を発すると、本棚を押しのけて起き上がった。生き返ったのか?旬と霞は思わず飛びのいた。どうしよう何も武器を持っていない。

 すると『校長』は本棚の上に腰かけたまますずしい顔をして

「うるさいなあ。」

と言うと、ズボンのポケットからどんぐりの実を一個とりだして、胸ポケットに入っていたパチンコにつがえてゴムを思いっきり引き、片目をつむって狙いをつけた。そして指をはなしてどんぐりを飛ばした。どんぐりは肉のかたまりにあたって、肉のかたまりはもう一度小さくけいれんすると、ぷしゅー、と湯気を出してのびてしまった。

「本当にうるさいやつだった。」

そう言うと『校長』はパチンコを胸ポケットにしまった。そして黄色い顔で旬と霞の顔を見渡す。旬はあまりのあっけなさに、あっけにとられていた。

「どうした?このパチンコが欲しいのか?でもやらないぞ。これは『校長』の力の象徴だからね。」

そう言うと『校長』は黄色い顔をゆがめてくっくっくっと笑った。

旬が不安になって聞く。

「何がおかしいんだ?」

「いや、なんでもないさ。ただ君もすごいのと一緒になって戦っているなって。」

「すごいのって、霞のこと?」

霞が旬のことを見る。霞の視線を感じながら

「どういうことさ?」

と旬は、まだ笑い続けている『校長』を問い詰めた。でも『校長』はそれをかわす。

「どうってことないさ。そんなことは私の口からは言えないこと。でもこれだけは言っておこう。今ここにあるレルネーヨ世界は少し変わっている、つまり異常な状況にある、ということを。」

そう言うと黄色い男は本棚からぴょんと飛び降りて旬と霞に背をむけて、肉のかたまりが壊した図書室の扉から出て行った。あわてて旬が後をおいかけたけれど、あの背広姿の男は廊下のどこにも見えなかった。

振り返ると、まだ霞は呆然とたちつくしていた。

「変な奴だったね。」

そう旬が言うと霞は、まるでその声が宇宙の彼方から聞こえてきたように、遅れて返事をした。

「そ、そうだったね。」

霞の様子はあきらかに『校長』出現以前と以後とで変わっていた。それがなぜなのかは旬にはわからなかった。

 それから旬と霞は黙って六年一組の教室の前まで歩いていった。

 どちらも口をきかなかった。霞は何も話そうとしなかったし、旬も何も聞けなかった。二人はお互い何も話さないまま、コースを逆に走った。そして昇降口で意識が飛んだ。今度は霞のあいさつは聞こえなかった。旬も何も言わなかった。

 気がつくと、またクマゴン先生のヒゲ面が目の前にあった。びっくりして旬は上体をはねおこして、クマゴンと額をごっちんこした。

「木村、痛いぞ。」

とクマゴンが額をおさえている。もちろん旬もいたい。でも謝る。

「すみません。」

見渡せば昇降口だ。そして前回と同じような展開らしい。目の前にクマゴンがいる。

「おまえはここで寝るのが趣味なのか?」

「そんなはずはありません。」

「それならいいんだが。」

それを聞くと旬はクマゴンに別れを告げ、スリッパを靴に履きかえて家路についた。新しいうわばきはそのうち買ってもらうつもりだ。

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