序章 暗闇
記憶は全て、暗いところからはじまる。私はとっても冷たいところにいる。凍るように冷たくて、暗くて、そしてとてもせまい。手足は思うように動かせない。そして体中ににぶい痛みが走っている。痛くて、痛くてとても力が入らない。
もう何年も私はここにいる。ずっと同じ場所にとどまり続けて、動くことができない。退屈で退屈でしょうがない。もっと他の世界を見てみたい。ずっと暗闇の世界なんて嫌だ。はやく、ここから出して。
もう何年もお母さんに会っていない。お父さんにも会っていない。なんだかとてもさびしいんだ。それにもう二度と会えないような気がする。それがとっても悲しい。どうしてこんなことになっちゃたんだろう。
お母さんはとっても優しい人だった。毎朝髪を結ってくれるし、おいしいごはんも作ってくれる。嫌いな食べ物があるときは細かく切ってわからないようにしてくれる。病気のときはベッドのそばでさびしくないようにつきそって看病してくれる。とても優しいお母さん、でももう会えないかもしれない。
お父さんはおもしろい人だった。いろいろな話をよく知っている。遠い国の民話とか日本の昔話とかいっぱい知っている。それを自分風に変えて私に話してくれる。怒ると恐いけれど、いつもはとってもやさしい。それに私のことを一度もぶったりしない。でももう会えないかもしれない。
それから学校の友だち。由紀ちゃんに、朋子ちゃんに茜ちゃん。みんなでよく遊んだね。私のうちに来たり、みんなの家に行ったり、公園で遊んだり。でももうそれも遠い昔のできごとのような気がする。なんで、だろう。この気持ちはどこから来るのだろう。
そして春香先生、五年二組の担任の先生。やさしくてまだ若い女の先生。私のことをかわいがってくれた。長くて黒くてきれいな髪だねってほめてくれた。でも思い出しちゃいけない気がする。なんで、だろう。この気持ちもどこから来るのだろう。
そして暗闇の中で私は光を見つけた。男の子の声が聞こえる。楽しそうで愉快そうなハリのある男の子の声、世界がパアと明るくなって、なんだか私は少し自由になれた気がした。




